彩雲国物語

□ほころぶ花は
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彼女は広い邸の回廊を、凛とした表情で歩いていた。
素晴らしい宝飾で身を包み、優しい瞳にはいささかの迷いもない。
邸の侍女たちが次々と彼女にかしずく。
最奥の角を曲がり、彼女は一際豪華な扉を叩き、返事を待ってから中へ入っていった。
  
 
 
 

 
 
≪ほころぶ花は≫
 
 

 
 
 
 
「失礼いたします」

中には青年が一人、着替えを済ませ部屋の中央に立っていた。 

「客はみんな帰ったか?―秀麗」
 
「はい。お邸にお泊りになるかた以外は。お泊りになる方は今頃寝台につかれているはずです」
 
「そうか。ご苦労だったな」
 
秀麗と呼ばれた女は、今日、自分の夫となった男の傍に歩み寄った。
 
「絳攸様、お疲れになったでしょう。いろいろと」
 
秀麗は苦笑しつつ問うた。
 
「まったくだ…まぁ、なんだ。これでようやく、正式に結婚できたわけだから…その、嬉しい、がな」
 
 
今日、李絳攸の邸で開かれた、紅秀麗との婚姻を結ぶ儀式。
それを終え、主役の二人は誰よりも疲れていた。
朝廷の頭脳と讃えられる彼に、娘を娶らせようとしていたものは数知れない。
有能な女官吏兼紅家直系長姫である彼女もまた。
誰もから望まれる結婚、というわけにはいかないのは判っていた。
 
 
着替え終え、寝台に腰掛けた秀麗は、一つため息を吐いた。
…これから、大丈夫だろうか。

そんな彼女に気づいた絳攸が、そっと寝台に上り、秀麗の後ろに座り込んだ。
 
「後悔、しているか?」
 
ふいに耳元で囁かれた力強い声に、ぼうっとしていた秀麗は反射的に立ち上がろうとした。
しかし腰をさらわれ、絳攸の両足の間に座る形で連れ戻される。
 
「こ、絳攸…様…」
 
「もう一度訊く。後悔しているか?」
 
「まさか!…この先、とても大変だと思います。けれど、その分とても…とても幸せです」
 
それを聞いてほっとしたように、絳攸は息を吐いた。
柔らかな吐息が秀麗の耳を触り、赤く色づける。
 
「だったら、もっと笑え…おまえの、笑顔が好きだ」
 
ぎゅ、と強く抱きしめられ、秀麗の心臓が高く跳ねた。

「…愛してる…」 

「絳攸様…」

応えるように、秀麗の手が抱きしめる力強い腕に添えられた。
きゅ、と優しく握る。 

「はい…私も、お慕いしております」
 
…その瞬間、溜まっていたものが溢れるように、絳攸の心が秀麗を欲した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
  
 
 
  
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