彩雲国物語

□共通点
1ページ/2ページ

共通点。
それは案外、お互いに知らないところにある。
好きなものが同じなら、きっと
 
お互いを好きになれると、そう思いたい。
 
 
 
 
 
 
  
 
  
 
≪共通点≫
 
 
 
 
  
 
 
それは、ある夏の日のこと。 
  
静蘭はその日、賊退治を終え、やっとのことで邸に戻った。
白大将軍の人遣いの荒さといったらない。
秀麗の上司、黄尚書といい勝負だ。
体力のある静蘭もさすがに少し疲れ、良い香りに誘われるように秀麗がいるであろう台所へ入っていった。
 
「ただいま戻りました、お嬢様……お嬢様?」
 
静蘭は思わずきょとんとした。
中に秀麗の姿はなく、…しかしきちんと静蘭の分の夕餉の準備はされている。
不思議に思った静蘭は、とりあえず一番近い燕青の室へ向かった。
 
「お嬢様はどこだ?」
 
声も掛けずに入り、中の熊男に聞いた。
熊男…燕青は、やややつれ気味の顔で振り返った。
 
「あー…?勉強するって言ってたけど?」
 
「そうか…」
 
用はそれだけといったばかりにすたすたと室を後にし、秀麗の室へ向かった。
 
室の前に着き、扉を叩いて声を掛ける。
 
「お嬢様、私です」
 
「あら静蘭。どうぞ」
 
失礼します、と入ると、すぐに甘い香りが静蘭の鼻孔をくすぐった。
窓際には薔薇がたくさん花瓶に活けられている。
秀麗は机案から離れ、静蘭のそばにゆっくりと寄ってきた。
 
「先に晩御飯食べちゃって、ごめんね。静蘭の分ももう準備してあるんだけれど…」
 
「いいえ、お気になさらず。…それより、良い香りですね。薔薇ですか?」

秀麗は窓際を振り返り、そしてもう一度静蘭を見て微笑んだ。
 
「さすがね。そうよ、薔薇の花…貰ったのよ」
 
「どなたにですか?」
 
「それがわからないのよねぇ…」
 
「は?」
 
「どこのどなたかしら…あの妙に優しいおじさん…」
 
その呟きで、察しのいい静蘭は誰かわかった。…紅尚書か。
秀麗に対する優しさに『妙』がつくのはあの人くらいだろう。
 
「………そうでしたか。…お嬢様は、薔薇がお好きなんですか」 

「うん、好き。…なんだか母様を思い出すのよ。それと…」
 
秀麗は少し、目を伏せた。 

「…それと?」
 
「ううん、なんでもない。あっそうだわ、早く静蘭もご飯食べなくちゃね!今準備す―…」
 
いそいそと出て行こうとする秀麗の腕を、静蘭が優しく掴んだ。
柔らかく微笑む。
 
「いいえ、暖めて並べるだけなら私にもできます。お嬢様はお勉強なさっていてください」
 
言われた秀麗は少しだけ考えたあと、ゆっくりと頷いた。
 
「…わかったわ。静蘭、ありがとうね」
 
「いいえ。では失礼いたします」
 
礼儀正しく一礼し、静蘭は退室していった。
その背中を、角を曲がって見えなくなるまで、秀麗は見送った。
見えなくなると、ゆっくりと扉を閉め、また机案に着いた。
静かな室に、緩やかに薔薇の香りが漂う。
ふと、薔薇のほうに視線をやった。
 
「そう、好きなの…薔薇が」
 
切ないような顔で、微笑む。
 
「薔薇なら、あなたと一緒になれるもの…」
 
薔薇。そうびとも読むその花は、『紫と紅』をも意味する。 
二色でひとつの、その意味。
 
「薔薇に生まれたかった…なんて、馬鹿みたい」
 
薔薇に生まれていたら、あの人とは出逢えなかった。
薔薇姫を、教えてあげることも無かった。
夢のような現を、紡ぐこともなかっただろう。
 
「…でも…でもね…」
 
やっぱりあなたと、ひとつになりたい。
 
そんなことは、言えないから。
 
自分とは反対の、美しい花に、想いを乗せて。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
同日の同刻。  

劉輝は室の変化に気付いた。
寝台横の…
 
「珠翠、この薔薇は…?」
 
「ふふ…あるお方から、主上へ、お贈り物だそうです」
 
「?…誰だ?」
 
「秘密です」
 
劉輝はちょっと思案顔になって、すぐにぱぁっと明るい表情になった。
 
「もしかして秀麗か!?」
 
「さぁ…それはどうでしょう」
 
「そうなのだな!?いや、そうでなくてもそういうことにしておく!…ふふふふふ〜良い香りだなぁ」
 
珠翠は困ったように微笑むしかなかった。
本当に秀麗からではあったが、匿名でと言われたのであった。
 
「…なぁ、珠翠」
 
劉輝は急に真剣な面持ちで、でも少し懐かしそうに微笑んで振り返った。
 
「薔薇は、好きなのだ…秀麗に、初めて贈った花も薔薇だった」
 
珠翠は穏やかに微笑んで、黙って聞いた。
 
「…初めて共に過ごした夜も、薔薇姫の話を聞いたんだ…」
 
まだ、珠翠は微笑んで聞いていてくれる。
 
「…情けないな。……いつか、…一緒になれるだろうか」
 
ここで初めて、珠翠が口を開いた。
 
「主上が、お諦めにならないことが、一番重要だと思いますよ」
 
劉輝は微笑み、そうだな、と呟いた。 
 
 
 
 
 
 
好きなものが同じなら、心は通うはず。
 
それでも、ひとつになるのは難しいから。
 
今度はお互いを好きになればいい。
 
そして最後に、最後でもいいから。
 
愛し合えば、いい。
 
 
 
  
 
  
 
 
 
-end-




 
  

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ