*under*
□氷菓子【彩雲国物語】
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「うーぅぅん…くるし…」
百合は寝台の上で寝返りを打った。
黎深とのひと悶着のあと、おかげさまで熱が上がり、未だに回復できないでいる。…黎深め、治ってもしばらくおしるこ作ってやらないんだから…
「あー…でも、なんか甘味食べたいかも…」
そうだな、何か、冷たくて甘いもの。
≪氷菓子≫
そう呟いた直後、黎深が入ってきた。
相変わらず偉そうに、淑女の室に無断で入る。
その手には水の入った桶と、薬が握られていた。
黎深は沢山いる家人に、百合の看病を任せたりしなかった。
それが余計、百合の熱を上げていることを知っているのかいないのか…。
しかも、優しさからくるものなのかどうかも、正直怪しい。
なにか裏の理由があるように思えてならないのは、百合が疑り深いなどということからではないであろう。
「具合はどうだ?」
「相変わらず、熱くて苦しいよ。…誰かさんのせいでね」
後半は聞こえないようにぼそりと呟く。
…そうだ。
元はといえばこいつの愛が足りないからこうなった訳だし、ここはひとつ、思い切り甘えてみるか…?
百合はひとりにやりとした。
悪戯をする子供のような、胸の高揚を覚えた。
「…なにをにやにやしている。気持ち悪い」
「べっつにー」
「ほら、薬だ。飲め」
黎深はずい、と水差しと薬包を差し出した。
百合はぷい、とそっぽを向いた。
「…飲みたくない。ソレ苦いんだもん」
「何馬鹿を言っているんだ。飲め。治らんぞ」
黎深はやや呆れ気味に、百合の肩に手を掛け、振り向かせようとした。
ちらり、と百合がこちらを向いた。…なんだか目がキラキラしている。
「口移しがいい」
「…………は?」
「なんだよそれー。いつもなら無理矢理口塞ぐくせに」
百合は寝返りをうち、きちんと向かい合って黎深を見つめた。
「ねーえ、れーしんってば。…ちょーだい?」
それが合図だったように、黎深はぐいと水差しを自らの口に傾け、薬も口中に入れた。
そして百合の唇に親指をあてがい、軽く開かせて自らのそれで塞ぐ。
百合の口端から、一筋だけ水が滴った。
ごくり、と百合の喉が動き、黎深の唇が離される。
「…にがー…薬なんて嫌いだ」
「お前のために私まで苦い思いをしたんだぞ。…礼くらいしたらどうだ」
黎深は立ち上がり、横たわる百合を見た。
苦しく無いように深めに開かれた胸元。
薄く色づくそこは、持ち主の華奢な腕に挟まれて、深く一本線が入っている。…これが俗に言う、胸のタニマとやらか。
一度でも唇を重ねた時点で、はっきり言って、限界だ。
「…どこ見てんのさ」
「どっ、こも見とらんわ!」
動揺で不自然に途切れた言葉に、黎深は珍しく失敗を認めた。…穴があったら入りたい。
「…身体で、礼をしろ、って?…いいよ」
「!」
おいで、とばかりに百合が手招きをする。
黎深は微妙に目を逸らしながら、ゆっくりと百合に覆いかぶさる。
どちらからともなく、首に手を掛け、見詰め合う。
互いにゆっくりと目を細め、唇が重なりかけた、そのとき。
「その前に」
驚くほど妖艶な声で、百合が囁いた。
黎深は思いがけず、耳を赤く染めてしまった。
「…なんだ」
「氷菓子、持ってきて」
「………………」
「持ってきてくれたら、たくさんお礼、してあげちゃうかも。具合悪いのに君のために頑張ってるんだから、それくらいしてよ」
黎深はぶすっとしたが、数秒後に百合から離れ、無言で室から出て行った。
意外にも、甘えればなんでもしてくれるらしい。
年下の夫に少し感謝して、百合は布団のなかで微笑んだのであった。