★金色のコルダ3・SS【1】★
□【 Like a cat on a hot tin roof 】
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「親友、携帯が鳴っているぞ? メールのようだな」
「あ、ホントだー。ありがとう、ニア」
かなでは一度立ち止まり、スカートのポケットに入れていた携帯を取り出した。
「また誰かからの誘いか?」
ニアは小さく笑いながら、横から無遠慮にディスプレイを覗き込み……首をひねった。
「……空メール、だな」
かなでも一緒に小首をを傾げて、んー、と少し考えた後で、あっ、と声を上げ、くすっ、と笑った。
「……登録、登録っと♪」
【 Like a cat on a hot tin roof 】
同時刻、元町の雑踏の端っこで、ショッピングビルのショウウインドウに背中を預けながら、落ち着かない様子で立っている男がいた。
男は、見て見ぬ振りで目の前を通りすぎる通行人を見て見ぬ振りしながら、ほんの1分の前の自分の行動を今更後悔し始めていた。
……というより、ここしばらくの出来事は思い出すだけで死にたくなるくらい、後悔の連続だったのだが……。
しかし運命は、彼に立ち止まって振り返る暇を与えないつもりらしかった。
小刻みなバイブレーションが、予想よりも早く彼の手の中で「着信」を告げる。
それは、先程送信したメールのレスポンスに違いなかった。
なにしろまだ、他には誰にも知られていないアドレスなのだから。
《件名:氷渡くんでしょ?(*^_^*)》
氷渡は、っ、と短く息を呑んだ。
顔文字が、送り主の笑顔と重なる。
《本文:メールありがとう★ でもせめて名前くらい入れようよ(笑)。何にも書いてないんだもん》
「……何書けって言うんだよ……」
思わず独り言が口をついた。
新しい携帯買ったら、メールしてね……と、あの日の別れ際、半ば無理矢理渡されたのは、小日向かなでのメールアドレスだった。
言われたから一応、そうしただけだ。特に用事があるわけでもない。
だから何も、書かなかったのだ。
一方、かなでのメールは、楽しげに、歌うように、饒舌に語りかける。
《ねえねえ、氷渡くん、今日時間ある!? 森の広場でランチしよ? お弁当、オムライスなんだけど、好きかなー??
13時くらいにはもう行ってるから、気が向いたら氷渡くんもおいでよ(*゜ー゜)v
じゃーあとでねー♪
小日向でしたー★☆》
目眩がする。
「気が向いたら」、と言っておいて「あとでねー♪」と来るのだから敵わない。行くことが前提なのか?
そもそも、ランチに誘って来ること自体が理解の範疇を越えている。
メールでさえも、語るべき言葉に困っている人間をつかまえて、顔を突き合わせてどんな会話を楽しもうというのか。
「……冗談じゃない」
すぐに断ってしまおうと、返信のキーを押したところで、
《Re:氷渡くんでしょ?(*^_^*)》
顔文字の笑顔と目が合って、親指が止まる。
……がっかり、するのだろうか?
脳裏に、森の広場で、溜め息をつきながら、ひとりで寂しそうにオムライスを食べているかなでの姿が浮かび上がって、浮いたままの親指が一瞬震えた。
氷渡は舌打ちをして、そのまま携帯を閉じて、制服のポケットに突っ込んだ。
みゃあうん。
暢気に喉を鳴らしながら、横切っていく三毛猫を八つ当たり気味に睨みながら、氷渡は、木立の陰を歩いていた。
さんざん思考を巡らせた挙げ句、広場に向かうことを選んだ自分の滑稽さは自覚している。
それでも、すでに13時を少し過ぎてしまっている……その事実に、勝手に足が早まってしまう。
しばらくして、木立の隙間から、ようやく見覚えのあるシルエットが見えた時には、安堵すら感じてしまった。
だが。
更に近づいて、すぐ側まで来たところで、氷渡はギョッと目を見開き、急いですぐ傍らにあった木の陰に身を隠した。
なんだ?今のは?
どういうことだ?
恐る恐る、首だけ振り返り、今しがた見たものを確認する。
茶色い野良猫を膝に乗せながら、楽しげにオムライスを口に運ぶ小日向かなで……そのすぐ側で、同じようにオムライスをつついている者が2人いた。
氷渡と同じ制服に身を包んだ、2人の少年。
「オムライス、って中のライスが違うだけで随分違うものだね。
サッパリした醤油風味がなかなか僕の好みだよ」
「こっちは、中華風の味付けになってますよ。とっても美味しいです! すごいなー、小日向さん」
「そんな、誉めすぎだよ。でも喜んでくれてよかったー」
やはり見間違いではなかった。
天宮静と、七海宗介。
今顔を合わせたくない人物トップ3のうち2人がそこに座っていた。