★金色のコルダ3・SS【1】★
□【 あやうきもの 】
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芹沢睦は、車窓の景色を眺めていた。
やりかけの仕事を残して来ていることが気にかからないといえば嘘だったが、自分1人でそんなことを気にしているのも馬鹿馬鹿しいので、出来るだけ考えないようにしていた。
車は、実に滑らかに進み、もう厚木インターチェンジを過ぎていた。
お盆の帰省、Uターンラッシュの過ぎ去った道路は大きな渋滞もなく、順調に流れている。
この調子ならば、予定よりも多少早く、到着するかもしれない。
目的地の、箱根の温泉宿に。
練習の息抜きに温泉、などと、運転席と助手席の2人は、相変わらず無茶苦茶なことを言い出すものだが、もうこんな調子にはすっかり慣れている。
恐らく。
隣に座っている「彼女」も、そろそろ慣れてくる頃合いだろう。
【 あやうきもの 】
「……横浜から箱根って、車で2時間もかからないんだ……知らなかったなあ」
何とはなしに独りごちながら、小日向かなでは、少しひんやりとした浴衣に袖を通した。
湯上がりの、火照った身体には心地よい。
鏡の前でくるり、と回って変なところがないか確認してみる。
何か落ち度があったら、あの2人に容赦なくツッコまれたり、意地悪なことを言われるのが目に見えている。
どうやら大丈夫そうなので、簡単な手荷物を持って、貸し切り露天風呂の脱衣室から出る。
いいお湯だった。
疲れも取れた気がするし、お肌もつるつるになったような感じがする。
「……今度は女の子と来るのもいいな……ニアとか、あと、枝織ちゃんとか……は、ダメ、かなあ……?」
などとぶつぶつ言いながら廊下を歩いていると、ちょうどいいタイミングで、今日の連れの1人が、目の前を横切ろうとしているのに気がついた。
「あ。芹沢くん」
見慣れた神南の制服ではなく、黒い浴衣に身を包んだ芹沢睦だった。
「似合うね、浴衣」
「ありがとうございます。あなたも、よくお似合いで」
彼は顔色ひとつ変えず、社交辞令的な言葉をつらつら紡ぎ、
「部長と副部長もじきに上がりますので、お部屋でお待ち下さい」
と促し、またスタスタと歩き出してしまう。
「えっ、ちょっと待って、芹沢くんはどこに行くの??」
部屋なら反対方向の筈だ。
芹沢はまた足を止めて、律儀に身体ごと振り返る。
「私用にて、外出して参ります」
「芹沢くん、1人で?」
「そうですが……いけませんか?」
芹沢は、わずかに眉ねを寄せて、心なしか不機嫌そうな顔を見せた。
「あ、ううん……ごめん、変な言い方して。いつも東金さんとか蓬生さんと一緒なイメージだったから。
いけなくないよ! 全然。うん」
「そうですか。では失礼します」
短く言ったかと思うと、またスタスタ歩き出してしまう。
「あ、待ってー」
かなでは思わず、その斜め後ろについて歩き出していた。
「こんなところまで来て私用って、どこに行くの?」
はあ、と溜め息をついて、また芹沢は立ち止まる。
「……箱根神社ですが?」
「箱根神社? あ、来る時に車から見えた大きい神社かな?」
「ええ、それです。他にご質問は?」
抑揚に乏しい声音に微かな苛立ちが滲んでいる。
「えっと、じゃあ、あと一個だけ聞いていい?」
「どうぞ」
かなでは芹沢の顔色を伺いつつ、両手の平をパチンと合わせて言った。
「私も一緒に行っちゃ、ダメ……?」
「そっかー、芹沢くんって神社とかお寺とか好きなんだー」
カタカタと、下駄の音を響かせながら、傍らで喋り続ける少女。
まさか本気でついて来るとは思ってもみなかった。
流石あの2人のお気に入りだけあって、なかなか図々しくて押しの強い性格をしている。
芹沢睦は、今日何度目かの嘆息をもらした。
1人で落ち着いて参拝したいから……等、断る理由ならいくらでもあったのだが、あの大きな目でで見つめられて、頼み込まれたのではなんとなく否と言えなかった。
自分の性格がつくづく嫌になるのはこういう時だ。