★金色のコルダ3・SS【1】★

□【 いとおしきもの 】
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「……やっと合った……」

 ようやく矛盾なく、余剰も不足もなく、すべての数字が並んだ会計報告書に満足して、芹沢は安堵の溜め息をついた。

 いざ答えがわかると、逆に今まで何故わからなかったのか、何を悩んでいたのかがわからなくなってくる。

 奇妙だが、人間なんてそんなものなのだろう。


 ふと時計を見れば、随分遅い時間になっている。

 そろそろ就寝するべきかもしれない……と、思うのだが、全く眠気を感じない。

 気分が高揚しているのだろうか……全国大会ファイナルを明日に控えて。

 自分が出るわけでもないのに?
 そう考えると、笑えてくる。

 だがもう、実のところとっくに認めている。

 自分にとって彼女がどんな存在になりつつあるのか、ということを……。

 さて。

 その彼女は今、どうしているのだろうか。

 流石に早く休んだだろうか、それとも自分と同じように眠れなくて困っているのだろうか。

 あるいは……。

「……まさか……」








【 いとおしきもの 】









「せ……芹沢くん!?」

「……小日向さん、あなたと言う人は……」

 怒っているのか、呆れているのか、その両方なのかはわからないが、芹沢の目は完全にすわっている。

「……そこまで『師匠』をリスペクトしなくて結構です。本番に障りますよ」

 心を読まれてしまった。
 かなではとりあえず苦笑する他無かった。

 今夜は、ソロファイナルの時に東金がそうしたように、ギリギリまでスタジオにこもって練習しようとしていたのだが、まさか芹沢がいきなり乗り込んで来るとは夢にも思わなかった。

「でもね」

 とりあえず言い訳を試みる。

「出来る努力は全部やっておきたくて」

「気持ちはわからなくはないですが……万全なコンディションで臨まなければ、尚悔いが残るのでは?」

「……確かに」

 芹沢の主張は正しい。

 いくら努力をしても、本番で実力を発揮出来なければ何にもならない。


「じゃあ」

 言い訳が通らないなら、次は譲歩しかない。

「あと一時間だけ」

 芹沢の眉間に目一杯皺が寄る。
 まずい。却下されそうな雰囲気だ。

「じゃあ30分!30分だけならいいよね?」

「……わかりました。30分ですからね」

「よかった! ありがとう、芹沢くん!」

 芹沢は深く溜め息をつきながら、すぐ側にあったパイプ椅子に座った。

 終わるまではそこにいるつもりらしい。

 こんなに近くで芹沢に見られているのかと思うとなんだか緊張するが、そんなことを言っている場合ではない。
 30分しかないのだから、集中して練習しなければ……。

 かなでは二度ほど深呼吸をした後で、ヴァイオリンを構えた。

 その時、それは起きた。

「……痛ッ……」

 唇から悲鳴が漏れた。


「……小日向さん!?」

 ガタッと音を立てて、芹沢が立ち上がる。

「どうしました……?」

「足……」

「足?」

「つっちゃった……」

 心配かけないように笑いかけようとしたのだが、うまくいかない。

 また呆れられてしまうだろうと思ったが、芹沢は表情を変えず、つかつかと歩み寄り、

「つっている足を伸ばしたまま、力を抜いて下さい」

 簡潔に指示したかと思うと、背中と足を支えるようにして、ヴァイオリンごとかなでをひょいっと抱き抱えてしまった。
 それは、俗に言う「お姫様抱っこ」というスタイルに他ならない。

「えっ……?」

 突然の出来事に対する驚きと、苦痛とで頭が真っ白になっている間に、すぐ側にあった低い長テーブルの上に、足を伸ばした状態で下ろされていた。

 芹沢が問う。

「痛むのはどこですか?」

「右の、ふくらはぎのとこ……」

 ぼんやりしたまま答えると、芹沢は即座に床に膝をつき、

「失礼」

 と断りの言葉を告げると、かなでの右のローファーに手をかけ、手際よく脱がせた。

「あっ」

 慌てている間にハイソックスも脱がされ、素足が露になる。

 たかが靴、たかがソックス……それなのに、いたたまれないくらい恥ずかしい気持ちになって、ヴァイオリンを抱えたまま固まってしまう。

 だが、芹沢はそんなかなでの様子などお構い無しだった。

 かなでの足先を自分の胸元に押し付けて支えるようにしながら、剥き出しのふくらはぎに指でゆっくり触れていく。
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