ぜろ部屋
□じゅんびだいじに
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ご、じゅんびだいじに
「こんにちはぁ」
呑気で気の抜けるような――ここ数日ですっかり馴染んでしまった声がマッケンジー宅の玄関で響いた。
「あら、いらっしゃい澪ちゃん。ウェイバーちゃんならお部屋にいるわよ」
「はい、お邪魔します」
首に巻いたもこもこのマフラーをほどきながら澪はにっこりと笑い、肩掛けバッグを引っ提げて足取り軽く階段へと向かう。家の主たるマッケンジー夫妻も手慣れたもので、毎日のように遊びに来る『可愛い孫のお友達』に二人分の飲み物を渡してごゆっくりと笑った。
飲み物の乗ったお盆を持って階段を上がり、ウェイバーの部屋の前に着いた澪は閉まっているドアの前でちょっと迷った。片手で開けると危ない。
すると、
「おお、よく来たな」
澪が何かを言うより早くドアが向こうから開き、大柄な体躯を窮屈そうに曲げながらライダーがにかりと笑った。あ、また現界してる。
「ありがとうございます、ライダーさん」
まぁいいかと思って礼を述べ、部屋に入るとウェイバーがなにやら仏頂面をしながらベッドの上で胡座をかいていた。
「なにウェイバー。そんなしかめっ面して」
ウェイバーはぶすっとした顔のまま周囲を見回して、ため息をひとつ。
「ライダーの奴、ボクがいくら言ってもぜんぜん霊体化しないんだよ」
実体化している時間が長ければ長いほど、それはマスターの負担に繋がる。多めの魔力を常に供給していなければならないし、その分ロスも増えるだろう。
しかしウェイバーのマスターとして至極まっとうな訴えを、ライダーはさらっと切って捨てた。
「仕方なかろう、身体がなくては煎餅が食えぬではないか」
「ッそれをやめろって言ってんだよ!食べカスぼろぼろ落としてそのままにするな!足で踏むとくっついて気持ち悪いんだよ!」
なんとまぁ庶民的というか、生活感溢れる会話である。
そりの合わない相手とルームシェアしている人を見ている気分になった澪だが、途中で気付いてバッグから小さな紙袋を取り出した。
「煎餅で思い出した。はいこれ、お土産」
「思い出したって、お前なぁ……」
それに目を輝かせたのは言わずもがなのライダーである。
「さすが気が利くではないか。今日の中身はなんだ?」
澪はむふん、と小さく胸を張って自慢げに中身を見せた。
「雛村屋のうさぎ饅頭です!可愛いんですよ」
「ほう、この白い皮をうさぎに見立ててあるというワケか。こういった細工は流石と言うべきであろうな」
「馴染むなぁ!」
袋から取り出した和菓子をまじまじ見つめて頷くライダーにウェイバーが爆発した。
「澪も毎回コイツにお土産なんて持って来るなよ!ますます調子付くだろ」
「いやライダーさんっていうか、二人になんだけど……」
一応、遊びに来る建前として毎回お菓子などを手土産として用意しているのだが、その殆どはライダーの腹におさまっているのが現状だった。この会話の間もライダーは既に一つ目を口に放り込み、二つ目の饅頭の包装を剥がしにかかっている。
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