ぜろ部屋
□これにて幕引き
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ぜろ、これにて幕引き
ウェイバー・ベルベットにはたったひとり、友人がいる。
それは平素陸揚げされたマグロのような目つきで日々を磨り潰すように消費している、けれどお人好しで優しい、どこまでも魔術師に向かない奴である。
「おい!」
「?」
伝統を誇る時計塔――その瀟洒な作りの廊下を足音荒く歩くウェイバーは、その手に数冊の本を持っていた。
赤子にも似たずしりとした重さが、その本の価値を物言わずとも語っている。
「どうしたの、ウェイバー」
彼女が振り向くとふわりと白雪の髪が揺れ、既知の相手と認識して極東で咲くという――桜色の瞳がほんのりと緩む。
どこか森閑で清廉な雰囲気をいつも纏っているこいつの傍はわりと心地良いと、ウェイバーは思っている。口に出してはやらないが。
「どうしたの、じゃない!」
自分より少しばかり低い背丈を見下ろし、小鼻を憤然と膨らませる。
声音のせいか容姿のせいか、はたまた今時の若者にあるまじき昼行燈じみた風情のせいなのか、この山津澪という人物は一見すると性別がよく分からない。
「お前だろ、ボクの机にこれ置いたの」
ぐいっと見せつけるように突きつければ澪はその本に目を移し、ややあってからああ、と頷いた。
「うん、前にウェイバー読みたいって言ってたから」
「で?」
我知らず詰問のような口調になってしまっているウェイバーに、澪はやはりほんのりと微笑うだけだった。
「ちゃんと正規の手段で借りてきたよ。読み終わったら僕に渡してね。返してくるから」
よろしく、と軽く手を上げるだけの様子に苛々が募る。口から文句が出そうになったがなけなしの自制心で抑え込んでわかった、と返すので精一杯だった。
いつも。
いつも『こう』なのだ。澪は誰よりもウェイバーを応援してくれて、本人だってこんな調子だが決して努力を惜しんでいるワケではない。
名前だけは通っているからこうして貴重な書架を借りることもできるし、横流ししてくれていることは正直有難いと思っている。だからこそ、澪と自分を取り巻く現状が気に入らない。
「……それより、食堂行くぞ。このままだと午後の講義に間に合わない」
これ以上追及したって望む答えなど返ってこないことをこれまでの付き合いで学んでいるウェイバーは、片手に本をまとめて脇に挟み、空いた方の手で澪の手を掴んでズンズンと歩き出した。
さして高くない体温を手のひらに感じて、我知らず少しだけほっとする。
こうして掴んでいないと、目を離した隙にふらりとどこかへ消えてしまいそうな不安感があるのだ。
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