ぜろ部屋

□これにて幕引き
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廊下に二人分の足音が響く。

ひんやりと薄暗い、年月が作り出す気品がこの学び舎には満ちている。
時折すれ違う生徒たちがこちらを見る目に、好奇と嘲笑のそれが含まれていることが苛立たしい。
分かっている、自分はもとより澪だって心無い人々――否、分別を弁えたはずの大人にすら『役立たず』という烙印を頂戴しているのだ。
脈々と、確認されているだけでも7代に渡る血脈を受け継いだ稀代の存在でありながら魔術刻印どころか魔術回路すらほぼ機能していないのだから、それは押されてしかるべき烙印である。それくらい、ウェイバーとて仮にも魔術師の末席に名を連ねる者として理解している。

それでも、ウェイバーは嫌だ。悪戯な風聞だってこれだけ蔓延していればただの悪意と変わらない。ふざけるなと思う。

極東にいる彼女の親すら知らない、自分とて全てを把握しているワケではない。

それでも、ウェイバーだけは言える。彼女を侮り、貶め、謗る者たちに向かってただ一言。


――ボクの『親友』を嘲るな、と。


澪という存在を知り、理解しようと無意識にでも努めたのはウェイバーだけだ。言葉を交わし、行動を共にして、つたなくとも手探りで少しずつ。
そんな風に手間暇かけて知ろうとしなければ、見えないのだ。そうして紡いだ手探りの日々の末に、知ることができた。澪の小さな秘密。

勿論、口さがない輩には傷の舐め合いだと陰口を叩かれることもある。

それでも、たったひとりだけだ。澪だけが、誰もが否定したウェイバーの理論を認めてくれた。

一笑に伏さず、理論にもなっていない勝手な言い分で喝破したつもりになっている大人たちの中で、ひとりだけ。

そこまで考えた時、不意に小脇に抱えた重さが軽減する。振り向くと、澪が一番重い革表紙の本を抜き取っているところだった。


「お前、」


余計なことをするなと咎めるより先に、澪はそれなりの重量の本をふらりと振ってみせる。


「一冊持つよ。僕だけ手ぶらってのは、なんだか外聞が悪そう」


苦笑交じりにそう言われてしまえば、ウェイバーは何も言えない。三冊の中一冊、というのがまた小癪だった。


「……そうかよ」


それだけは、なんとか言い返すことが出来た。こういう距離感の掴み方が、自分と澪の続いている一番の理由だと思う。

あと、こいつの紳士然とした気遣いがどうして自分に適用されるのか小一時間問い詰めたいとウェイバーは強く思った。これでは性別が逆転している。




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