ぜろ部屋

□これにて幕引き
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澪とウェイバーの初対面は、そりゃひどいもんだった。

彼女のことは、一方的にだが知っていた。学び舎に噂話はつきものだし、澪の容姿はアインツベルンに聞くホムンクルスと似た、どこか人間離れしたものがあったから話になるのは必定と言える。
なんでも極東の一族で、伝統的に代々の子孫は時計塔に通うことになっている人間だが、実力はからっきしだとか、実は極東で秘密裏に作られたホムンクルスではないか、などと眉唾なものまで様々な噂が飛び交っていた。

ウェイバーとしては、さほど興味を惹かれたワケではなかった。アジア系の名前は珍しいが伝統に縛られて入学した挙句に他の『名門様』への阿諛追従に明け暮れている生徒たちは多い。

けれど、だ。

今でも鮮やかに思い出せる、中庭での出来事。

暖かい日差しの下、芝生の上に座ってひとりぼんやりしている澪を見つけたウェイバーは、なんだか無性にいらいらした。一体どこにかちんと来たのか今もって判然としないのだが、ただ気に食わない、と直感的に感じた。



――なんだ、コイツ。



一番いらいらしたのは、その目つきだった。

死んだ魚かよ、と突っ込みたいくらいに無気力な瞳が何も映さず呆としている様を見咎めて、ウェイバーは息もつけぬほどの激情に見舞われた。仮にも魔術を学ぶ徒として時計塔に通う人間が、間違ってもして許される瞳ではない。

恵まれた環境にいるくせに、それを平気で足蹴にしているような生き方が腹立たしくて仕方がなかった。

だから、ウェイバーは掴みかからんばかりの勢いで澪の前に出ると、腹に抱えた憤激やら苛立ちをそのまま口から吐き出した。


「お前ッ!何のつもりなんだよ!」


どう考えても八つ当たりだったのだが、当時のウェイバーには分からなかった。


「……?」


突然見知らぬ生徒に怒鳴りつけられ、当たり前だか澪はわけがわからないという風情でこちらを見上げていた。

それに気を払う余裕なんかもちろんなくて、そんな様子がますます癪に触って腰に手を当てたまま、指を突きつけて更に言う。


「大体、そんなツラで時計塔来るとかバカだろ!いいか、魔術師ってのは……」


それからは、まさに言葉の弾幕だった。

澪に関して気に入らないことを項目ごとに述べ、魔術に携わる者の心構え、時計塔に来ることの意義、極め付けにはこれからの魔術師たちの展望やら『名門』のみに寄与される『特別』に関しての不平不満を微に入り細に穿ち、徹底的な『演説』を披露したのである。

結局、ウェイバーが語り疲れて喉に猛烈な渇きを覚え、声を出すのも嫌になったところでその時の『会話』は終了した。




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