ぜろ部屋

□これにて幕引き
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そして、その後肩で息をするウェイバーに澪はといえば、今となっては見慣れてしまった苦笑を浮かべながら、


「あの、冷たいお茶でも飲みませんか?奢りますよ」


と、少し拙いイギリス英語で誘ったのだ。

自分を散々痛罵した人間にすることではないとウェイバーは思ったが、おそらくそれがなければ、自分と澪が仲良くなることなどなかったのだろう。それくらいはウェイバーでも分かる。

思い出すだにとんだ黒歴史だが、結果的にこの邂逅を契機としてウェイバーは澪と縁故を結んだ。


ちなみに、漢字の名前を覚えたのはウェイバーの意地である。


そうして親交を深めるうちに、ウェイバーは澪のことを少しずつ知っていくことになる。
一応は名門と呼ばれる名字だけど、実は妾腹の子だから周りからはわりと疎まれて生きてきたこと(しかも名門の方が子供作る前だったから魔術回路おしゃかである)。

母の病没後は文字通り『厄介払い』として時計塔に突っ込まれたこと。


「顧みても貰えない研究するのもなんだかなぁ、って思っちゃって」


そう諦観混じりに眉を八の字にした澪に、ウェイバーはなんだか心が痛んだ。
努力の末の結果を認めるものの一人としていない、ということの辛さは既に当時から異端視されていたウェイバーだからこそ理解できたからだ。


「あのさ、ちょっといいか」


だから、ウェイバーはそう前置きしてから、今自分が論文に起こそうとしていることの草案を話して聞かせた。

自分から人に話したのはこれが初めてだった。


「……って、感じなんだけど。どう思う?」

「んん、と……」


澪は言葉を噛み砕いているのか数回頷き、やがて顔を上げた。

おそらく、この時の澪はウェイバーの言説をろくすっぽ理解していなかっただろう。それでも真剣に聞いて自分なりに噛み砕き、素直に沸いた感想を口にしてくれた。


「それ、すごく面白い」


ふわり、と花弁が開くように。笑顔を唇に乗せてありきたりだけど、心が浮き立つような言葉を。


「いつ崩れるかも分からない砂上の楼閣を後生大事に守ろうとするウチみたいな古参より、そっちの方がずっと楽しいよ」

「――!」

「すごいね、本当にすごい!」


その言葉に、手放しの称賛に、弾けるような笑顔に、ウェイバーがどれだけの勇気を貰ったか、感謝したか、本人は分からないままだろう。

靄が晴れて、清澄な日差しが差し込んだような。鮮烈であたたかい、泣きたくなるような胸苦しさ。

きっと、ウェイバーはこの時の心を一生忘れない。


その時から澪は、ウェイバーにとっての唯一の『親友』になったのだ。




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