ぜろ部屋
□おうちです
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「……」
ほどよく煮えたうどんを前に、ランサーは迷っていた。これ以上煮ると、うどんが柔らかくなりすぎてしまうのだ。しかし主の好みを把握しているワケではない。
もしかしたら、主はぐだぐだになったうどんが好きなのかもしれない。いやしかし。
「……テーブルに出すべきか」
真面目すぎて阿呆な思考に陥っているランサーに渇を入れるように電話が鳴ったのは、そんな時である。
甲高く響き渡る電子音。
「!」
英霊には現界した際にその時代の知識をある程度付与される。電話の知識も然りであった。だが、現在家主である澪は風呂場だし、ランサーが出るのはいくらなんでもまずい。あと火の前から離れるのもまずい。
彼が迷っている間に電子音は止まり、留守番電話の機械音声が再生される。やがてはそれも途切れ、くぐもった電子音声が聞こえ始めた。
<――私だ>
声からして、どうやら男のようだ。だが電気を通しているせいなのか否か、声音に暖かみは感じられない。
<まずは言祝ぎを述べるとしよう。お前のような胤(たね)が英霊を召還せしめるとは、話に聞く聖杯とやらは随分酔狂らしい>
その言動に、ランサーの柳眉が僅かに寄る。暖かみどころの話ではない、忌々しげですらあった。
<我らの要求、総意はひとつだ>
しかし聞いているランサーの心情など斟酌してくれるはずもなく、声はなおも蕩々と語る。
<『それ』をこちらに明け渡せ。聖杯戦争なぞ我らの眼中にはないが、英霊がそこにあるというなら話は変わる>
ぎらつく欲望が、悋気の念が滲むようだった。知らずランサーの手に力が籠もる。
<無価値の貴様が利を生み出した点は、評価してやろう>
短くも忠節を捧げるべき主を愚弄されているということは、嫌でも理解してしまう。僅かな沈黙ののち、最後通牒のように言葉が紡がれる。
<腕ごと令呪をもがれたくなければ、素直に応じるが良い>
侮蔑、嘲弄、あまりにも無軌道な、それはただの脅迫で、呪詛に近い。ランサーの手の中で菜箸が音を立てて折れた。
<我らは野に放った雌鳥がたまさか金の卵を産んだとて『次』に期待などせぬ。その腹を裂いてでも、肉を手に入れることをゆめ忘れr>ブツッ
不意に、異音を立てて電話が途切れた。
視線を巡らせれば、いつの間に出たのかパジャマに半纏を着た澪が手に裁ち鋏を持って立っていた。どうやらシャワーを浴びている間に目が覚めたのか、瞳には理性の色が強く窺える。電話の後ろにあったはずのコードが中途半端な長さでだらりと垂れ下がっているところを見ると、電話線を切ったらしい。
相手が誰なのかランサーには計りかねたが、澪の表情からは憤りのような感情は見受けられず、ただひたすらにめんどくさそうだった。
「耳が早いっつーかなんつーか……うん、よく言うなぁ」
独り言のようにぼやき、くるりと向き直る。
どうすればいいのか判断がつかず棒立ちのランサーに向かって、澪は空気を変えるように鋏をちょきん、と鳴らした。
「ランサーさんも、ご飯食べます?」
そう首を傾げた澪の視線の先でうどんが沸騰して泡立っていた。
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