ぜろ部屋

□おうちです
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ちゅる、と麺をすすりながら、なんでもないことのように。


「うちは『山津』。古くは大山津見神(おおやまつみのかみ)を始祖とする係累だからさ、そらもう因習が根深いのなんの」


茶化すように言ってお茶を飲む。大山津見神とは、その名が表すとおり山の神の名前である。

その昔、須佐之男命が八岐大蛇を退治する神話に登場する足名椎(あしなづち)も大山津見の子であると名乗っており、その娘の櫛名田比売は大山津見神の孫にあたる。
その話の中で、須佐之男命は足名椎とその妻の手名椎に強い酒を醸させるのだが、その親神である大山津見神は最初に稲から酒を作ったために酒造の神ともされている。

ちなみに、山津の家は酒造よりも多数の山の神を生み出した、いわば神産みの点に重きを置いているらしい。

ホントか嘘かはさて置いて、そんな『かみさま』が一族の始祖だと言うのだから世の中分からないものである。

しかし、だからこそ何よりも血統に拘り、山に括られ、身動きすら満足に取れない。こうして電話で脅しをかけるがせいぜいの、縛鎖の一族。

魔術関係の家にはありがちだが、それは澪の『今生』の家系も例外ではないのだ。

まぁ澪に言わせればそれがどうしたよ、という話なのだから身も蓋もない。なにせ『出来損ない』の烙印を頂戴して放逐された身だ。それがちょっといいモノ仕入れたから、と横からかっ攫おうなどとおこがましいにもほどがある。


「さっきの電話は僕の親父殿で、雌鳥云々はそういうこと。その辺で納得してもらえる?」

「……」


複雑な面持ちでランサーがややあってから頷いたことを見届けると、澪は食事を再開した。薬味をかじり、れんげで掬った汁を啜る。やはり冷凍食品は日本が一番だ。出汁が美味い。
誰がせっかく召還した英霊をほいほい渡したりなんかするものか。まして『使い魔』でもない、異界より招かれた『ひと』。無碍な扱いができるはずもない。


「僕はランサーさんを手放したりしないし、なんかしてきたら守るから。返り討ちするよ。心配しないで」


むぐむぐ、と麺を呑み込んでから澪はなんでもないようにそう言った。その言葉にランサーはひととき目を瞠ると、軽く首を振る。


「……主のお心は、とても嬉しい」


本当に、心の底から湧いたようなそれは澄んだ声音だった。


「ですが、主をお守りするのは我が槍の役目。主にそう仰られてしまったら私の立つ瀬がないというものです」


ランサーの口の端が苦笑を刻む。しようのない子供を見守るような、柔らかな表情だった。


「まして、主の魔術はまだ未熟」


あ、そういえば。


「それを……」

「忘れてた」


ランサーの言葉をぶった切り、澪は両手を合わせてごちそうさまをしてお茶を飲み、空になったうどんの容器とコップを持って立ち上がった。バラエティの笑い声が空々しい。
そのまま台所に行ってそれらを置いて戻ってくると、今度は忙しげにテーブルをガタガタ移動して少し空間を作る。ランサーは先の読めない行動の数々に、それをぽかんとして見つめているしかできない。

ランサーの正面に正座して、澪はまっすぐに相対する。膝に置いた手のひらが、小さな拳を作る。


「ランサーさん、僕の魔術回路はろくろく動いてません。でも、それは当たり前」


どこか不敵に、楽しげに。


「だって、僕の『そういう器官』はもう『別の基幹』に取って替わってるから」

「別、の?」

「はい」


怪訝そうなランサーに満席なんです、と悪戯っぽく口にする。

澪にとって、魔術回路なんてなくて当たり前なのだ。むしろ回路が存在すること自体に驚きを覚えている。


――『前世』で培った能力は、魂にでも依るのかついてきた。


いわば、これが澪の『持ち越しセーブデータ』だ。




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