ぜろ部屋
□おうちです
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「これを知ってるのは、ウェイバーだけ。もっとも、ウェイバーだってこれがどういうものなのかは知らないけど」
奥の手というのはそうそう見せびらかしたりするものではない。まして、魔術一義のあんな場所で披露してしまったらどんな事になるか目に見えている。ホルマリン漬けとかまじ勘弁。
「だから、ランサーさんが初お披露目なんだ」
澪はそう蕩々って一度呼吸を落ち着けるときつく目を閉じて、開く。外で車の音がした。周囲の雑音が遠のくような感覚。
蛍光灯の光が一段暗くなったような気がする。
身体の奥が、何かに繋がり、緩やかな鼓動が心を浸す。
「すみません、嫌かもしれないけど」
そう言って、澪はランサーに手を差し伸べた。
「お手を拝借、できますか」
その自嘲にも似た笑みに、ランサーは考えるまでもなくその手を取っていた。そうして伸ばされた手のひらに指先を滑り込ませれば、想像とはまったく異なった感触に僅かに瞠目する。
同時に、澪の浮かべた笑みの意味を理解する。それを肌で感じたのか、澪はそれを崩すことなく口を開いた。
「あまり、気持ちのいいものでは……ないよね」
「いえ」
即座に否定を返し、ランサーは澪の手を強く握りしめると素直な感想を口にする。
「うつくしい手だと、思います」
ランサーのより幾分か小さなそれは、作りこそ華奢なものの爪先は丸く、掌は肉刺だらけで皮膚も硬い。その掌が持つ価値を、彼は双槍の戦士として正しく理解していた。
澪の手は魔術師のものではない。けれど、『守る』手だった。
その言葉に澪はほんの少しだけきょとんとすると安心したように相好を崩し、よかった、と呟いた。
「ありがとう。じゃあ、少しだけじっとしててね」
ふ、と澪の目蓋が伏せられる。睫毛の影が頬に映る。
澪のてのひらの温度。乾いて、冷えた指先。冷え性なのだろうかと場違いな考えが浮かぶ。
ランサーの見つめる視線の先で、澪の唇が僅かに震えた。
『――深更』
水面がさざめくような、不思議な声音だった。同時に、室内の空気が激変するのをランサーは感じ取る。
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