ぜろ部屋
□じゅんびだいじに
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そんな緊張感どこ行ったな風景に変化が生じたのは、その日の夜のことだった。
「――アサシンが、やられた?」
どこか心ここにあらずな風情でぽつりと呟き、ウェイバーは目を開けた。澪も作業を中断して小刀を横に置き、顔を上げる。ライダーはごろ寝したまま特に動かない。
「おいライダー、澪。進展だぞ。さっそく一人脱落だ」
「え、早くない?」
「ふぅん」
意外そうに呟く澪と、実に気のない相槌を打つのみのライダー。その様子が甚だ不満だったらしく、ウェイバーの表情がむっとする。
「おい、解ってるのかよ!アサシンがやられたんだよ。もう聖杯戦争は始まってるんだ!」
「ふぅん」
さっきと調子が完全に同じだ。ちょっと面白くなってぷす、と吹き出したらウェイバーにめっちゃ睨まれた。解せぬ。
「……おい」
地を這うようなウェイバーの声に、ライダーはさもめんどくさそうに上半身を捻って振り向いた。
「あのなぁ、暗殺者ごときがなんだというのだ?隠れ潜むのだけが取り柄の鼠なんぞ、余の敵ではあるまいに」
呆れるほど不遜な物言いだが、それがライダーだとしっくり来るのだから不思議である。アサシン脱落の一報なんぞより、ステルス爆撃機のリサーチの方がよっぽど大事らしい。ウェイバーは鼻白んで黙ってしまったが。
「やはり問題は資金の調達か……どこかにペルセポリスぐらい富んだ都があるなら、手っとり早く略奪するんだがのぅ」
そんな風に呟きながら現世での資金調達に頭の八割がた持って行かれているライダーの目が、ふと澪の手元に留まる。
「そういえば、嬢はさっきから熱心に何を作っておったのだ」
ライダーは最近になって澪のことを嬢と呼ぶようになっていた。最初はチビッこ呼ばわりだったのだが、そのたびにランサーが不服そうな顔をするので変えたらしい。
「さっきまで布に何やら書き込んでおったが、そんな紙っきれを折ったり切ったりして」
「これは御幣っていうんですよ」
「ゴヘイ?」
首を傾げるライダーの前で澪はほら、と持っていた白い紙を開いてみせる。すると、それは切り口の部分から綺麗に開いて繊細な紙細工になった。
「用途によって切り方も折り方も違うんですけど、これは防御用です。どこで何が必要になるか分からないので、色々作ってるんですけど」
これは、今生において生家から盗み学んだ知識である。
とはいえ、澪の持っている知識と技術は前世云々以前に日本という閉じられた世界で構成され、研鑽されたいわば特殊技能なので、いかな征服王としてもそもそも生きてきた場所の異なる者がそれが何に使えるのかを一目で看破するのは難しい問題だった。
「ふむ、極東の術か。そればっかりは余でも分からんなぁ」
「……!」
ほのぼのと会話に興じる二人にウェイバーの堪忍袋の尾が千切れそうになったところで、ようやくライダーはウェイバーに向かって顔を向ける。
「――で、アサシンはどうやられた?」
のっそりと起き上がり、胡座を組むライダーにウェイバーは小さくえ、と反射的に呟いた。
「だから、アサシンを倒したサーヴァントだ。見ていたのであろう?」
このメンツの中で現地に使い魔を放っていたのはウェイバーだけなのだから、見ていたのも必定、彼だけとなる。ウェイバーは思い返しているのか少し視線をさまよわせ、ややあってから言った。
「たぶんトオサカのサーヴァント……だと思う。姿格好といい攻撃といい、やたらと金ピカで派手な奴だった。ともかく一瞬のことで、何が何やら……」
「ウェイバー……」
「肝要なのはそっちだ。たわけ」
ちょっと呆れたような澪の声と完全に呆れているライダーの声がハモリ、ウェイバーの額にライダーのデコピンが炸裂した。勢いに負けて仰向けにひっくり返ったウェイバーにライダーは追い打ちのように盛大なため息をひとつ。
「あのなぁ、余が戦うとすれば、それは勝ち残って生きている方であろうが。そっちを仔細に観察せんでどうする?」
そりゃそうだ。ぐうの音も出ない正論である。
ウェイバーも言い返せないのか、赤くなってしまったおでこを押さえたまま唇を引き結んで黙ってしまった。
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