ぜろ部屋
□小ネタ集
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彼は痛みに怯えるどころか恍惚とした表情で傷を負った腹部に指先を這わせ、「そっかぁ……そりゃ見つからないわけだわ」とかのたまったのだ。危ない。
とはいえ、傷害罪で訴えられても困るので適当に治療魔術を施した。
初犯にしては手慣れているので不思議に思っていたら自己申告で連続犯という事実が発覚し、警察行けと諭す澪に龍之介はなぜかついてきたいと言ってきたのである。
曰く「探し物を見付けてくれたお礼がしたい」とのこと。意味が分からない。
「恩返しが終わったら自首するからさ!あ、無理矢理警察に連れて行こうとするなら雲隠れすっから!そこんとこはよろしく〜」
そんな事を言われてしまってはもうどうすることもできず、こんな妙ちきりんなカルテットでスイパラに来る羽目に陥ってしまったのだ。警備員の視線が痛い。
「ふむ。察するところ君の悩みは、先ほど見せてくれた『原作』とやらのことかね」
テーブルに並んでいたケーキを食べ尽くしたくせに、砂糖を入れたココアを口に運んでいた少佐が不意に核心を突く。
「……そうです」
隠しておくのはイヤだったし、知恵を拝借できるなら幸いと澪はその全てを少佐に伝えていた。
「ああ、俺が腹に銃弾食らって死ぬってやつ?」
ついでに、現代っ子である龍之介にはパソコンの履歴を辿られてバレた。
「……まぁ、僕なんて者がいる時点で原作もくそもないとは思うんですけど、ちょっと罪悪感?みたいなのがあります」
ここが例え『原作』と同じ世界であろうとなかろうと、自分にとっては紛れもない現実である。本来ならば気にする必要すらないのだろうとは頭で理解しているが、感覚が追いつかない。
いっそ知らなければ楽だったのだろうけど、知ってしまうとどうしても若干の焦燥めいた思いが生まれてしまう。
紅茶にミルクを注ぎ、ティースプーンでぐるぐるかき混ぜる。くるくると回る白と赤。
「もし、僕があの時ケイネス先生に喧嘩を売らなければ。冬木市に来なければ。雨生くんを返り討ちにしなければ……」
そうすれば、今後の物語は――
「悔恨など無用のものだよお嬢さん。決まり切った結末などあるものかね」
ココアをソーサーに置き、少佐はテーブルの上で手の平を組んだ。
「否、あったとしても全く、微塵も、砂粒ひとつも関係がない」
少佐はにぃと唇を歪ませる。
「たかが紙切れに書かれた結末に阿る必要などあるものか。ここには君がいて、私がいる」
「『僕ら』もね」
シュレディンガー楽しそうにぴよっと手を上げる。
少佐は頷いてから笑みを深め、続ける。
「そう、ならば君は君の成したいことを全力でしたまえ。誰も咎めはしない。咎められる筈もない。咎めるものは我らで潰そう」
龍之介が持ってきた追加のケーキ。てっぺんの苺にフォークを突き刺し、口に運ぶ。
「君は私のFreunde(友人)だ。敗北の苦みを舌に乗せたMitstreiter(戦友)だ。時を越えた、我らと同じBesiegt Reste(敗残兵)」
フォークを、まるで指揮棒のように揺らめかせて。
「我らを請い招いた愛しきWohltater(恩人)、君は君の意思で踊りたまえ。凱歌を歌い、敵を定め、戦いたまえ。それが人というものだよ」
連なる言葉を胸に刻み、澪は暫し沈黙した。
燻っていた迷いが、業火によって散らされる。
誰の望みも、誰の願いも、誰の悲哀も関係ない。
――なら、自分は好きにする。
精一杯に胸を張り、腕を伸ばし、足が折れるまで踊り続けよう。
澪は顔を上げ、少佐をひたりと見据えてゆるりと笑う。
「はい、少佐。僕は僕として、とびっきりの『僕』を演じようと思います」
緩められた瞳の階(きざはし)に宿るほの昏い色を見付けた少佐は、満足げに息を吐いた。
「そうか。それはとても、とても楽しみだ」
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