ぜろ部屋
□あさなんです
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「ッば」
「あ、ランサーさん。悪いんですけど、お布団丸ごとゴミ袋入れて庭にでも出しておいてくれます?あとで焼却処分しますから」
即座に英霊を呼ぼうとした雁夜の様子など何処吹く風で、自分の英霊にものすごい雑事を言いつけるランサーのマスター。
「洗濯しましょうか?」
「いやぁ、たぶん落ちないし粗大ゴミにすると血痕がどーたらで通報されそうだから、いいや。ぽい」
「分かりました」
ランサーもランサーで危険性を感じているだろうに、彼は雁夜を一瞥したきり、特に気にした風もなく浴室へと行ってしまった。
「な、にを、企んでやがる」
相手の真意がさっぱり読み取れず、気勢を削がれて棒立ちになる。咄嗟に行動しようにも、自分の身体はそう機敏に動けない。
この場でバーサーカーを現出させたところで、隙を突かれて狙い討たれてしまえばそれまでだ。圧倒的に不利な立場である雁夜は、先手を打てなかった時点で詰んでいる。
「魔術師風情が、一体」
それならば、真意を質すのが先だと雁夜は更に声を上げようとするものの。
「まぁまぁ、とりあえずは朝ご飯を食べましょう。お粥くらいなら入るはずですから」
それもなんだかうまくいかない。
なんだろうか、お互い潰し合うことが前提の相手のはずなのに、こちらは敵意を剥き出しにしているのに、それを意にも介していないのだ。まさしく柳に風、暖簾に腕押し。
雲を掴むようなとりとめのなさがあった。
「できれば、『お客様』にはあったかい内に食べてもらいたいんですけど」
低いテーブルの上にはおかずらしい小さな小鉢と白粥の入った大きな土鍋が湯気を上げている。食器は三人分。
はんなりとした笑顔で、おそろしいほどのマイペースで、着席を促されている。
これは侮られているのか、馬鹿にされているのか。軽くあしらわれているような苛立ちに任せ、雁夜は反射的に怒鳴り散らそうとした。
「俺はもう飯なん、て……?」
けれど語調は途切れて、雁夜は自分の腹に手を当てる。
消化器官の機能なんてとっくに衰え、流動食すらもうあまり喉を通らず、点滴を受けることもしばしばだ。そのはず、だったのに。
今、彼の胃袋は小さく鳴り響き、空腹を主張している。胃痛も感じない。
腹と相手とを交互に見つめ、疑念と困惑ではち切れそうになっている雁夜の前で、お玉でお茶碗にお粥を注ぐランサーのマスター。
「というか、なんか誤解がありそうなので先に言いますが。僕はべつに魔術師じゃないですよ」
「……え?」
予想外すぎる台詞をなんでもないように繰り出しながらお玉を置いて、れんげを添えて。
「分類分けするならそうだな、民間巫者が一番近いかも。もちろん薫陶を受け、師と仰ぐ人は沢山いますが……やっぱり、うん、魔術師はいませんし」
ふんわりと、鼻腔に届く匂いは遠い日常に回帰するような感覚を促してくる。
お茶碗を差し出しながら、少女は朝の陽光を受けて微笑む。
「あなたに事情があるなら、こちらにだってありますよ。お互い人で、こちらに敵意はなく、朝食があり、こうして口がきけるなら」
陰惨な魔術の世界を越えて、日常の象徴がこちらを手招きした。
「拳よりも先に交わすことができるものが、僕らにはありますよね?」
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