ぜろ部屋

□Chocolate-Box (Afternoon tea)
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気を失っていたのは、ほんの一瞬のようだった。
ぱちりと瞬きをした澪は、目の前の光景に呆然とした。


「ッ!」


広がっているのは、廊下だ。

ところどころに精緻な紋様が刻まれていて、ひんやりと薄暗い、年月が作り出す気品の満ちる厳粛な空気が肺腑の奥まで浸していく。
見覚えがありすぎるが、今の今まで自分は冬木の自室にいたはずで、ウェイバーとケンカしてて、ええと。

でも、そう、ここは今休学中だけどこの間まで通っていた――


「と、時計塔?」


そうだ、時計塔だ。若き魔術師を育てるための最高学府であり、魔術師たちを統括する『協会』の本部。魔術師たちにとっての総本山だ。

おかしい、なんでだ。

意味が分からなくて、混乱して、澪はとりあえず記憶を辿ってふらふらと廊下を歩き、見つけたトイレにこもった。鍵をかけて便座も上げずに座り込み、小さく呼吸を整える。ここならしばらくは邪魔も入るまい。本当は食堂でお茶でも飲みたかったけど、生憎何も持ってない。学生証もないし、無一文だ。切ない。時々すれ違う生徒らしき人には見覚えのある者はひとりもいなかった。広い学舎なのでそういうこともあるだろう。

問題は、どうして自分が突然こんな所に瞬間移動(?)してしまったのか、ということだ。

いや、考えられる原因はひとつだけだ。


「あの魔法陣のせい?」


サーヴァント招喚の魔法陣なのだから、自分に作用するとは思えない。それとも書き損じでもしたのか。呪文も唱えていないのに、こんな珍奇な状況になるものだろうか。
分からない、でも、分からなくても自分が時計塔にいる事実は変わらない。ならなんとかしなくては。この辺の切り替えはさすがに早い。

ここで聖杯のシステムに一家言あって頼れる人といえば……


「ケイネス先生しか……いないよね」


すげぇイヤだし、下手すると切って捨てられる恐れもある。というか、あの人今時計塔にいるのだろうか。とはいえ頼れる人がそれしかない。
いなかったらどうしよう。いや、もしそうでもどうにか連絡手段を探すしかない。


「うう、しょうがない」


パン、と両手で頬を叩いて気合いを充填して澪は廊下に出た。これも全部ウェイバーのせいだ。責任転嫁の自覚はある。
うろうろ、と校舎を彷徨い歩きつつ澪はケイネスの教授室を目指していた、のだけれど。


「そういえば、先生の部屋行ったことなかった……」


どうしようもない事実に気付いて項垂れた。

大体いつも質問があれば教室で捕まえていたし、それで不都合もなかったのだ。
ここまできたら、誰かに尋ねるしかないだろうか。


「ねぇ」

「!?」


そう考えた矢先、背中にかけられた声に驚いて露骨に反応してしまった。
弾かれたように振り向くと、見覚えのない青年がこちらに手を伸ばそうとした姿勢で人好きのする笑顔を浮かべていた。


「ごめん、びっくりさせちゃった?なんか困ってるっぽかったから、つい」


年齢は二十歳前後だろうか、時計塔には様々な年齢の生徒が在籍しているのでそう珍しいものではない。
どちらかというと、(自分が言えたものではないが)彼の持っている軽妙な雰囲気そのものがこの学舎にはそぐわないような気がした。なんというか、澪の知っている魔術師っぽい空気が感じられないのだ。




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