ぜろ部屋

□Chocolate-Box (Afternoon tea)
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「フラット・エスカルドス。君の頭にはおがくずでも詰まっているのか?」

「そんなワケないじゃないですか!今日はちょっと、教授のお客さん連れてきたから逸っちゃっただけですって!」


忌々しそうな低い声にもめげた様子のないフラットを凄いと思った。僕にはとてもできない。


「客?」

「そうッス。ほら、入っといでよ」

「アポイントはなかったはずだが……」


手招きまでして促されてしまっては、今更人違いっぽいので失礼しますとも言えず、澪はそーっとドアから半身を覗かせた。


「し、失礼致します」


やっぱりというかなんというか、部屋にいたのは期待していたケイネス教諭ではなかった。ありていに言ってしまえば知らない人だ。
年の頃なら二十代後半、といったところだろうか。漆黒の長髪を靡かせた青年が、なぜか驚いた様子でこちらを見つめている。

けれど、澪には今そんな相手の様子を斟酌している余裕なんか当然なくて。


「ケイネス先生じゃない……」


がっかりしたまま諦観混じりにしょんぼり呟くのが関の山、だった。


「ッ!」


その姿を目にして声を聞き、瞬間、青年が露骨に表情を変えたことにもやっぱり気付けなかった。


「えっ、人違い?でもエルメロイっていったら……」

「フラット」


きょとりと小首を傾げるフラットの頭を、青年が突然鷲掴みにした。


「おわ!なんですか教授!?」

「案内ご苦労、君はもう帰りたまえ。私は彼女と重要な話がある」


髪と同じ、黒瑠璃めいた瞳がこちらをまっすぐに見据えた。
場違いにそれが綺麗だと思った。光の加減で常磐緑の混じる黒はとても好きな色だ。


「そうだな……澪」

「!?」


突然名前を呼ばれ、ぎょっと肩が跳ねた。相手は初対面のはずなのに、なぜ名前を知られているのだろうか。さっきまでの混乱が一気に戻ってきて、頭の中が真っ白になる。


「そんな押さなくっても邪魔なんてしませんってば、教授の横暴〜」

「やかましい」


そんな間にも青年はフラットを半ば叩き出すように部屋から追っ払ってしまった。
年不相応に頬を膨らませ、握られた頭をさすりながら部屋を出ようとする。


「フラットさん、ありがとうございました!」


真っ白になってしまった頭でも、とにかくこれだけは言わねばと頭をぺこんと下げた。
人物が見当違いなのはともかく案内して、声をかけてくれたのは彼なのだから。


「いいってことよ、じゃあね!」


気さくに手を振ってフラットは部屋を去り、教授(?)がドアをバタンと閉める。
そして手短に呪文を紡ぎ、簡易な結界を部屋に構築した。盗聴防止用と防音のやつだ、と澪は記憶を引っ張り出す。

残ったのは静寂と、見覚えのない、けれどどことなく既視感を抱く青年と自分だけ。

どこかで会っただろうか、と記憶の戸棚を漁るも判然としない。小さな要素ばかりが引っかかるのに全体像が見えなくてもどかしい。もう少しで何か掴めそうな気は、するのだけど。




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