ぜろ部屋
□おうちです
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よん.おうちだよ
「ただいまー」
ランサーに背負われたまま帰宅した澪は、玄関で下ろしてもらうといかにもかったるそうに靴とコートをぽんぽんと脱ぎ捨て、へろへろした様子で居間に辿り着くと灯油ストーブのスイッチを入れた。
ものすごく疲れた。なんかもう色々限界だと身体のあちこちが訴えている。灯心に火が点いてヤカンに水が入っているのを確認すると、そのままソファの横にあった大きなクッションをランサーめがけてほっぽり出し、その場にばたんと倒れ込んで動けなくなった。
「疲れた……あ、ランサーさんもありがとうございました。てきとーにしてて下さい」
へろ、と片手を上げて小さくうめき、それも止まる。俯せのまま身じろぎひとつしない。
ランサーは主のあまりといえばあんまりな所行をしばし呆然と見つめ、やがて澪の脱ぎ捨てた靴を揃え、コートを拾って失礼致しますと呟いて室内に足を踏み入れた。目についた衣紋掛けにコートを掛け、もはやそういう置物なのかと疑うほど動かない澪を起こすべきかしばし迷う。
「……」
「……」
とりあえず、澪の寝ているソファの横に少し迷ってからクッションを置いて座ってみたりして。澪は動かない。しかばねの(以下略)
「…………」
カチ、コチ、と時計の音だけが室内に響く。
なんだかランサーはいたたまれなくなってきた。
小さな頭だ、とふと思う。深雪色の髪の隙間から覗く肌はなお白く、ゆるく上下する背中や、セーターから伸びる四肢は細くたよりない。どこかいとけない子鹿を彷彿とさせた。
魔力も足らず、実力も知れず、伝わるのは誠意と偽らない心くらいなものだ。聖杯戦争を生き抜くという点では不十分だろうが、それでも今生で忠誠を捧げる人物としてならば申し分ないとランサーは感じている。
「………………」
しかし、いつまでもこうしてるワケにもいかない。このままではお風邪を召してしまう。召還されて数時間、既にランサーの心境は雛鳥の成長に心を砕く親鳥のそれだった。
「……主よ」
意を決して起こそうとランサーが口を開きかけた途端、澪はバネ仕掛けの人形じみた動きでがばりと起き上がった。
「ッ」
あまりに唐突だったので、ランサーは逆に面食らう。澪は寝ぼけているのか半眼のまま起き上がり、やはり覚束ない足取りで何故か台所に行って冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を出してコップに注ぎ、今度は冷凍庫を開けて冷凍のうどんを取り出した。
アルミ製のカップで、そのまま火にかけられるタイプのものだった。パッケージをばりばり破き、それをコンロにかけて火を点けると澪はコップを手にランサーに向き直る。
「あの、」
「はい」
ランサーの前にコップを置いて、目元を擦りながらうどんを指さす。
「沸騰したら弱火でコトコトして下さい。麺を箸でほぐしてくれるとなおグッドです。その間に風呂ってきますんで」
よろしくと言うだけ言って、澪は足取り重く廊下の方へ消えていった。ぽつん、と色々ついていけないランサーがひとり。
まだ知らぬ余所の陣営ならばどうしているのだろう。ランサーはなんとなくそう思いながらコンロの前に立って菜箸を探し始めた。一応、主からの初めての下知なのでおろそかにする気はない。
「……」
引き出しを開けながら、ランサーは僅かに己の口の端が緩むのを自覚していた。本人はまったく意識していないのだろうが、仮にも自分のサーヴァントにクッションや茶を出して『おもてなし』する澪の姿勢を素直に好ましいものだと思う。
まぁ仮にも英霊にうどんの火の番させるマスターは、おそらく他にいないだろう。
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