ぜろ部屋

□作戦会議ごーごー
1ページ/7ページ




く.作戦会議ごーごー



しゅんしゅん、と灯油ストーブに置かれた薬缶から羽毛のような湯気が立っている。

音といえばそれだけで、澪はなぜか正座。ランサーは仁王立ちで腕を組んでいた。本来ならば主従逆転なこんな状況、騎士としてあるまじき行為なのだが今だけは棚上げする。

眉間に皺をおもいきり寄せ、実に、実に重々しくランサーは口を開いた。


「……よもや、マスターたる貴方にこのような言葉を口にする日が来るとは思いませんでした」

「……うん、僕もこの年で言われることになるとは思わなかった」


対する澪も、自分のしたことがどれだけのことか理解しているので粛々と俯いている。
そしてランサーが言ったのは、小学生時代とかによく聞くこのフレーズ。


「もといた場所に返してきましょう。早急に」


あーやっぱそうなるかー、と澪は思いつつもここで折れるわけにもいかずぶんぶん首を横に振った。ランサーはため息を吐いた。
原因は、現在ソファーでかろうじて呼吸はしているものの意識不明のバーサーカーのマスターである。そう、結局あそこで放置もできず澪は持って帰ってきてしまったのだ。
自宅待機していたランサーは当然驚き、最初はこの場でとどめ刺しましょう!みたいな勢いだった。が、敵とは言え仮にも半死人状態の病人に手を出すなんてそれでも騎士か、と澪が口八丁を駆使してなんとかそれを阻止した。


「てか、戻そうと思ってもたぶん教会の人が隠蔽工作真っ最中だと思う」


さっきテレビでテロがどーたら言っていたので、聖堂教会の人々は夜っ引いて工作の真っ最中だろう。せっかく気配を絶って尾行も撒いて自宅まで戻ってきたのに、それで目を付けられでもしたらこれまでの努力は水の泡である。
ランサーはぐ、と言葉に詰まる。


「ですが、このバーサーカーのマスターの肉体は明らかに何らかの生物に侵されています。おそらくは、魔術の」

「……たぶん虫のなんかだよね」


とりあえず、南米の怖い寄生虫線は真っ先にランサーによって否定されていた。

彼の生きていた時代では魔法も魔術も当たり前に跋扈していたので、畑違いとはいえそういった魔力の痕跡を見付けることには長けていたのだ。
そんなランサーとこれまで時計塔で培ってきた澪の知識、その他諸々を駆使してバーサーカーのマスターについて分かったことはいくつかある。

澪はテーブルに裏の白いチラシを出して、ペンで問題点を箇条書きしていく。


「まぁ、寄生虫っていうのはある意味当たりだったんだよね」

「憶測の域は出ませんが、主の目撃したという虫は、おそらく男に寄生という形で魔術回路を底上げしているのではないかと」

「わりとメジャーな手段と言えなくもないけど……なんだろ、この人の施術って寿命食い潰して魔力に還元してる感じなんだよね」


内臓諸器官も生命維持できているのが不思議なくらいで、魔力でどうにか命脈を繋いでいるというのが実情らしい。これは明らかに異常だ。
後のことなど考えず、命と引き替えにこの時のための『手段』を得たい。そして、それを成就させた。そんな印象だ。


「……ここで命尽きても構わないから、今ここで聖杯を」


そこまで呟き、澪は一度ペンを置いて背後のソファに目を向ける。
なんせ血とか汚れがひどかったのでランサーに頼んで風呂に入れてもらい、いくらかこざっぱりした状態で眠っているバーサーカーのマスターは苦痛のせいかうなされているようだった。
澪がさっき見たような虫が血管を這いずっているのかと考えれば、うなされるのも当たり前だろう。

ふと、男の手がゆるりと虚空に伸びる。何かを掴むように。


「……だいじょうぶ、だよ」


まるで小さな子供に語りかけるような、甘やかな口調だった。
眉間の皺がほどけ、どこか、口元には柔らかな笑み。




.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ