宝物

□今年最後の戯言を。
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窓の外の景色は雪化粧をしていて姿を変えていた。
 別に雪ではしゃぐ年齢でもないのだから、と自分自身に呆れる気がしないでもないが、昔から、音が雪に吸い込まれて、しん、と閉じていく感覚が好きだった。
 そのまま暫く窓を開けて冷たい風に当たっていると、背中から聞き慣れた声がした。
「風邪ひくから湯冷めすんなっていつも言ってんのはどこのどいつよ」
 言われて振り返ると悟浄は八戒の濡れた髪に節くれた指を通し、頭に霜降りるぞ、と苦笑した。
「結構積もっていて綺麗ですよ。ほら」
「どうせ明日嫌になるほど見るからいい。雪掻きさせるつもりだろ」
「あ、わかりました?」
 笑うと息が白く煙るのが判る。流石に冷えてきたため窓を閉めると、痛いくらい強く抱き締められた。八戒と比べて悟浄は平熱が高いので、すぐに熱が伝わって、それが少し気恥ずかしい。
「僕寒いの強いから平気ですよ」
「俺が見てて寒いんだよ」
 そう言って悟浄は八戒の肩にかけてあったタオルを手に取り、やや乱暴に彼の髪を乾かし始めた。
「いつもと立場逆ですね。珍しい」
「うるせえな」
 悟浄はそう言って更に荒く手を動かす。
「痛い痛い。止めなさい悟浄。僕禿げますよ。三蔵みたいになる」
「禿げろ禿げろ」
「どこの子供ですか貴方は」

 何で抱き合いながら馬鹿みたいな口喧嘩をしてるんだろう。そう考えると本当におかしくなって喉の奥でくつくつと笑ってしまう。
 馬鹿にされたと思ったのか、悟浄が眉間に皺を寄せたので、八戒はすぐにすみません、と形だけ謝る。反論しようとする悟浄の背中に腕を回すと、困ったような息が耳をかすめた。
「何ですか?」
「いや、ちょっと思い出して」「何を」
「酒場で姉ちゃんが言ってたこと。…おい拗ねんな」
「拗ねてませんよ。で、続きは?」
 言いつつ八戒の指は深く悟浄の背中に食い込んでいる。
「俺が誘い損ねたってだけの話。一緒に年越さないかって言ってみたら、『本気で誘う気がないならふざけたことしないで。あんたにはあたしよりも過ごしたい人がいるでしょうが』って」
「…へえ」
 ようやく指から力を抜くが、声は冷ややかだ。
「さらには『どうせ所帯染みた大晦日なんでしょ。年越し蕎麦食べてるあんたを想像して、他の子と笑ってあげるわ』ときた。本当にあの姉ちゃんの言った通りになったなーって思って」
「所帯染みたって」
「誰の所為だよ」
 やや不機嫌な返答だが、恐らく本気ではない。
 我ながら甘いと思いつつも、怒る気力は萎えてしまった。
 何だかんだ言いつつこの人は、自分と過ごすこの日を選んだのだ。だからまあ、それが答えなのだろう。そう自惚れてしまうことを、八戒は自分に許した。
 機嫌直ったなら顔上げて、と囁かれたのでその通りにすると、予想通りに唇に熱が重なるのがわかった。
 いつもよりも長いキスに少し戸惑ったが、途中で彼の意図がわかったので好きにさせておく。

 10、9、8、7、…0。
 途端にテレビから歓声が弾けた。
「…年、明けちゃいましたね」
 多少息が上がっている声で非難がましくそう言うと、悪戯っぽく「明けちゃいました」と返された。
「本当に、どこの子供ですか貴方は。普通、年越しカウントダウンっていうのは炬燵の中でテレビにかじりついてするものです。決して、」
「相手と舌絡ませながらするものじゃありません、だろ」
「知ってるんだったらしないで下さい。ああ、今年もろくな年越し出来なかった」
「お前、去年は熱燗作ってる間に年越ししたもんな」
 よく覚えている。少し呆れて赤い瞳を見ると、それは一層得意気に細められた。

 ああ、今年もこの男の所為で散々大変な思いをさせられそうだ。それが悔しくてため息をつきながらも、「まあ、いいか」と去年より楽観視している自分がいるのも事実で。
「…明けましておめでとうございます」
 多少、いやかなり不本意な新年の挨拶だけれど。
 今年も、一緒に過ごせればいいとも思う。
「お年玉は?」
「早速それですか」
 仕方ないなあ、と面倒なふりをして、八戒は悟浄の唇に、軽く自分のそれを重ねた。

(了)


受験お疲れ企画として書いていただきました!!
今回も顔のニヤケが止まりませんでしたよvv
本当にありがとう。
またリクエストするので、その時はよろしく!!

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