□それは媚薬の如く
1ページ/7ページ





上機嫌な俺の耳に届くのは愉快な祭り囃子と、それから興奮しきった人の声。
勿論それは隣にいる男-柳生-にも聞こえていて、それが何故か酷く嬉しい。同じ空気を共有している実感が湧いているから、きっとその所為だろう。


今日は二人きりで夏祭り。
始めは俺が人混みは嫌だと渋っていたものの、柳生の熱意に負けてしまい(「仁王君とたくさん思い出を作りたいんです」なんて必死に言う柳生が可愛くて断れなかった)。互いに不慣れな浴衣に下駄を履き、周りの熱気に影響されてかいつの間にか興奮気味。でも。俺の興奮の理由は他にもあったりして。

「仁王君、金魚取ります?」
「おー」

ほら、今だって。とても似合う和服姿を惜し気もなく晒し、その上最上級の笑顔。綺麗な横顔を眺めていた俺はただ金魚掬いの為のカップを受け取り、生返事を返す事しか出来なかった。

「ほら、仁王君そこ。‥‥仁王君?」

柳生の横顔に見惚れて自我が飛んでいたらしい俺の網は既に破れていて。

「仕方無いですね。これ、一匹ずつ入れてもらえませんか?」

そんな俺に優しく苦笑して。それから自分が取った黒の出目金二匹を俺に分けてくれる。もう、これだから益々好きになる。優しくて優しくて、俺には特別優しいのだ。

「有難うございます」

店のオヤジに軽く会釈すると二人分を受け取って歩き出す彼。軽く普通にエスコート。荷物は全部持ってくれる。女扱いされるのは嫌いだが、柳生になら構わない。あ、これは別にパシッてる訳でもないからご注意。
人波に流され掛けて、柳生が少し遠ざかる。少し慌てて隣に並ぶと不意に触れ合った手は当然の如く絡み合い、心の距離を縮ませる。振り返って笑う柳生が何だか擽ったくて。人が多いから気付かれることもなく。存分に甘い時間を過ごす事が出来た。

「仁王君、お腹空きませんか?」
「ん、まぁ。何か食うか?」
「そうですね‥。あれなんかどうですか?」
「お、俺も今そう思ったなり」
「それは良かった」





幸せで幸せで、怖いくらいだと思った。









次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ