□ぐるぐる、ごっこ
1ページ/2ページ






「ねぇ仁王くん、ヤリマンとヤリチンの違いって何なんですか」
「ぶおっふぁあっ」

寒さの厳しい2月中旬。空は凍てつく灰色に染まり、風は強く吹き荒ぶ。ブレザーやセーターをきっちり着込んでマフラーを巻き付けても、寒さは1ミリ程度も緩和出来ていない。そんな悪天候の中、何故屋上で昼食をとっているのかと言われれば、それは。クラスの違う柳生くんと一緒に過ごしたいからに決まっていて、勉学に忙しい柳生くんと少しでも2人きりになりたいからに決まっている。テニス部を引退した後両親からの勧め(といっても否応なく)で学習塾に通うようになった柳生の放課後は、目が回るくらい忙しい。未だに部活の様子を見に行ったり、部活引退と同時に組織が再編成された筈の生徒会にも顔を出したりしているのだから、本当に頭が下がる。
そんな柳生と今日も屋上でランチタイム。ほんの5分前まで平生と変わらず心地よい時間を過ごしていた筈なのに、今、柳生は何と言っただろうか。確かに俺とお付き合いするようになってから、柳生のボキャブラリーは良くも悪くも大幅に増えた訳だが、今柳生が口にしたような単語は教えた記憶がない。それに前後の会話内容を思い返してみてもそんな卑猥な話なんてしていなかったのだから、もう俺は驚きすぎて口にしていた紅茶を吹き出してしまった。更に最悪なことに俺の口から零れ出た紅茶はご丁寧なことにマフラー、ブレザー、ネクタイ、シャツ、スラックスを順繰りに濡らしてくれた。開いたまま閉まらない口からぼたぼたと雫だ垂れる。それを見た柳生はさっき言った単語なんて嘘だったみたいに悠長に、あらあら仁王くんたら、と困った声を出しながら俺の口元を拭ってくれた。綺麗にアイロンがけされた、高そうなブランドのロゴマークをくっつけたハンカチーフは濡れた箇所を順番に辿って、その体を茶色に変えていく。いや、うん、有難いけど元はと言えばお前の所為だからね柳生くん。

「……、いきなり、じゃのぅ」
「はぁ、いえ、ずっと気になってはいたんですけど、タイミングがなくって」

出来るならそのタイミングが一生来なければ俺は幸せだったのに。ずっと気になってた、とか、それが本当ならあの柳生が授業中ずっとヤリチンとヤリマンの違いについて考えていたのだろうか。あぁ、いやだ、何だか寒気がしてきた。柳生だって男だからそんな感じの下ネタに興味があるのは全然分かるけど、それを臆面もなく恋人に尋ねるのは少々いただけない。第一、俺が知ってること前提に聞いてくるのも正直どうなんだ。俺だって純情だこのやろう。
返事に困って俺が、あぁ、とか、うぅ、とか唸っていると、柳生は俺よりもっと困った表情で考え込んでしまう。柳生がそうして何か考えることに没頭してしまうのは常だったが、何しろ考えているネタがネタだ。俺は慌てて柳生を思考の淵から引っ張りあげる。

「教えちゃるよ」
「えっ、本当?教えて仁王くん」

こいつ本当に気になって仕方なかったんだろうな。深い思考からやっと帰ってきた柳生は、敬語をすっかり忘れていた。これも柳生の癖だ。知りたいことがあるとき、彼はまるで幼子のようになって、与えられる情報を享受しようとする。その時の柳生といったら、あまりに無防備で、そして可愛らしい。硝子の向こう側で紫の瞳が好奇心にゆらゆら揺れる。口元は答えに対する持論を述べたくて仕方ないようで、薄く開いたまま小さく笑みの形を作っていた。









次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ