□痘痕も笑窪
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あぁ、何て美しいのだろう。
私の陳腐な脳では、そういった言葉しか浮かんで来ませんでした。もう少し読書量を増やして、語彙を深めなければならないですね。しかし、やっぱり、どんなに語彙があろうとも、私は、美しい、としか言えないに決まっているんです。寝室に窓を付けたのが正解でしたね。カーテンの隙間から一筋光が零れてシーツに落ちています。丁度光は仁王くんの顔へ降っていましたが、目の位置にはないので眩しさを感じないのでしょう。仁王くんは微動だにせず、ただ一定の呼吸を繰り返すだけです。あぁ、何て美しいのだろう。白く抜かれた髪に光が触れて、まるで天使のようにきらきら輝いています。眩しくて目が痛くなりそうなくらいです。白い毛に緩く隠されながら、長い睫毛がぴくりぴくりと震えます。私のより随分長いその睫毛が彩る目元は、シャープな印象を与えますが、時々甘くとろけたりもするんです。その全部を知っている私は仁王くんに目を開けて欲しいと思いましたが、意識して触れないようにしました。こんなに安らかに眠っているのに、起こしてしまうなんて無粋なこと、出来ません。真直ぐに伸びた鼻筋は整った仁王くんの顔立ちをより一層美しくしています。決して高い方ではないけれど、それが何とも言えない絶妙なバランスを生み出していました。それから少し下に目をやると、ちょんと黒子を側に添えた唇があります。下唇も上唇も、とても薄くて、それでもつやつやとしていて私にはどうにもそれが甘くて仕方ないように思えました。軽く開いた唇の隙間から白い歯が覗き、その奥には湿った舌が潜んでいます。

「……っ、」

無意識に喉を滑り落ちた唾液を、私は誤魔化そうとは思いません。確かに欲情したのですから。赤く色付いた舌は瑞々しく、どうにもこうにも私の雄を擽るものでした。もし今仁王くんが起きていたのなら私は間違いなく、そして躊躇いなくその唇に吸い付いていたに違いありません。しかし仁王くんは依然夢の中、健やかに落ち着いた呼吸だけを繰り返しています。備考のために添えておくならば、今の時間は午前7時15分という早朝ですから、折角の仕事休みに早起きさせるのが躊躇われたというのもあります。日曜に早起きしたところで、テレビ番組も戦隊ものしかやってないでしょうし(私は好きですけどね、戦隊もの)。そこまで考えながらもう一度じっくり仁王くんの顔を眺めていると、瞼が2、3度痙攣し、眉間にきつく皺が寄せられます。喉の奥から不機嫌そうに漏れ出た音は、かすかに私に甘えているようでした。しまった、仁王くんは人の気配に聡い人だから、起こしてしまったのかもしれません。不用意に近付き不躾にじろじろ眺めていたのがいけなかったのですね。同棲を始めて1週間、朝からこんなにゆっくり無防備な仁王くんを堪能出来たのは初めてでしたから、その時間が終わることが、何だかとても勿体ない気がしました。










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