□白痴美
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温い部屋はいけない。中途半端な温度だから思考回路があっという間に侵食されて、要らないことまで口にしてしまう。頭がぼんやりするのだ、霞がかかったみたいに輪郭が曖昧になる。そんな状況で恋人と過ごすなんて、そんなのもう正常な判断が出来るはずもない。全てがどうでも、よくなる。

「仁王くん、私テニスがしたいです」

私が縋るように仁王くんを抱き締めながらそう呟くと、仁王くんは困ったように眉毛を下げて笑った。どうしようもない、そんなことは分かっている。仁王くんに文句を垂れたところで何も変わらない、ただ仁王くんの心に傷を付けるだけだ。でも、何故か、口がくるくる回って思っていることがそのまま唇に乗る。止まらない、止まらない。

「仁王くん、いやだ。テニスがしたい、貴方がたと」

中学卒業を間近に控えた私は、ある選択を余儀なくされていた。父親から要求されたのだ。高校ではテニス部に入らず、文化部に入れ、と。おまけに部活の活動日以外は学習塾、更に家庭教師。最近はずっと、医学の道を志すのはそんなに容易なことではないということを諭され続けている。それは、分かっている。多分、自分が1番。テニス部のハードさを身を以て体験している自分だからこそ、父親と同じかそれ以上に父親の勧める道が正しいのだと。でも。

「私、外部受験でも良いって言われたんです。そうしたら、テニスもして良いし塾や家庭教師もなし。うまい話だと思いませんか?多分ね、」

父親は私と仁王くんの関係を知っている。だから私に条件を突き付けて、仁王くんから引き離そうとしているのだ。自らの息子が道を踏み外さぬよう、軌道修正出来るよう。再度レールを敷き直そうと。父親のやりたがっていることは、父親として至極当然のことであると思う。そしておそらく、正義に他ならないだろう。しかし、正義はある一定の場所から眺めた時のみしか正義として働かない。私にとっての正義は、自らの愛する人と好きなことをやることだ。間違いなく今の私は、父親の憎むべき場所に立っている。

「ごめんなさい、仁王くん、本当に、」

あぁ、やはり言うべきではなかった。私が告げた事実に、仁王くんは愕然としている。そしてそれだけでは治まらず、仁王くんは眉根を強く寄せるとその綺麗な瞳から雫を零し始めてしまった。私は愚かだ、愚かでどうしようもなく駄目な男だ。自らの不幸に恋人を巻き込んで、悲劇のヒロインを演じたがっているだけ。苦しみを自分の中に留めておけず、無意味に吐露しては嘆く。哀れと呼ぶのすら傲慢だろう。











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