□例えばの話
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「‥‥‥‥‥は?」







その事実を知った時、体を駆けたのは一種の恐怖。
現実を飲み込もうと順応に作用する脳と、既成の現実に抗う心とがぶつかり合って言葉すら出て来なかった。

「んな嘘吐いてどーすんじゃ。流石に俺でもここまでの嘘は吐かん」

仁王の紡ぐ言葉がリアルに感じて、全身の血液がざっと音を立てて引くのが分かった。
やめろ、嘘だ。
握り締めた拳に無意識に力が籠もる。
やめろ、嘘だ。
不快に背中を流れる汗が気持ち悪くて仕方ない。

「中央病院てよ。行きんしゃい」
「え、ちょ、待てよ‥!」
「早う!永遠なんてなか、後で後悔するぜよ」
「‥‥‥っ」

妙に芝居染みた仁王の台詞も、今回ばかりは正しいと思えた。
悪ぃ、サボる。
余裕無くそれだけ告げ、俺は来たばかりの学校を後にする。上履きから靴に履き替える時間すら勿体無くて上履きで出て来てしまった。
早く早く。
ただそれだけの感情が体の中で渦巻いていた。






「仁王くん、あの様な物言いでは勘違いされますよ?」
「嘘はゆうとらん」
「‥‥後で何されても知りませんから」
「紳士様が守ってくれるじゃろ?」
「知りません。さあ仁王くん、授業が始まりますよ」
「プピーナ」






ぎりぎりで乗り込めたバスの中から風景を眺める。正直、眺めると言うより見送ると言った方が近いだろう。



"ジャッカルが事故に遭った"



朝一番、俺を見るなり一目散に駆けて来た仁王が俺に言った事。
嘘だと、思った。
嘘であって、欲しかった。
でも、紛れもない事実で、ただ呆然と流れてくる現実を受け止めるでもなく聞いていた。バスに乗っている間は終始ジャッカルの事を考えていて。不意に涙腺が熱くなり、涙が込み上げる。
泣くな、泣くな、泣くな。
感じる。俺はこんなに弱かったのだと。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
思う。彼の居ない世界など価値がないのだと。
早く、早く、早く。
苦しい。どこが痛いのか分からないけれど、痛みが酷すぎて酸素が足りないのだと。












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