□そう、何もかもが
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惚れた方が負け、なんて言ったのは、果たして何処のどいつだったろうか。古今東西存在してきた命題であろうが、冷静に考えてみれば何とまぁ無責任な真理である。目の前にいる反例を半ば睨みながら、俺はそんなことを考えた。完璧なる二律背反、パラドックスが連鎖する。

「まだ俺と付き合う気になんねぇの?」
「………誰がなるかよ」

頭をがっちりホールディングされて、尚且つ顔と顔を突き合わされた状況で、俺たちは一体何をしているのだろうか。顔の位置を丸井の身長に合わせるために無理矢理曲げられた腰が、徐々に悲鳴を上げ出した。テニスで鍛えられた屈強な丸井の両腕は俺の首に巻き付いて、一寸も動くことを許してくれない。おまけに額と額がくっつく程至近距離と来たもんだ。唇までの距離、約3センチ。ここが放課後のトイレじゃなかったら、えらい騒ぎになっているに違いない。テニス部の丸井くんと桑原くんってホモなのよいやーん!丸井のことを好きだと言っていたクラスメイトの顔が頭の中でシャボン玉みたいに膨らみ、そしてぱちんと弾けた。残念ながらお前の好きな奴は、オトコノコを好きみたいだ。

「何で?付き合えよ」
「いやだ」
「いーじゃん、ちゅーとかするだけだっつの」
「それがやだって」
「ケチ」

先日、何の躊躇いもなく、実に男前な態度で丸井が俺に告白してきた。部活を引退して1週間、確かに良い頃合いだったのかもしれない。しかし、だ。丸井にとっては上手い具合に気持ちのコントロールをしてからの告白だったのだろうが、俺からしてみれば意外や意外、天地が引っくり返っても起きないような事態が起こったわけで。昨日まで唯一無二の親友だと心の底から信じてきた人間に突然恋愛感情を伝えられるなんて、危うく人間不信に陥ってしまいそうだった。今まで丸井と一緒に食った(勿論無理矢理食わされた)パフェの味がありありと口内に蘇って、背中を流し合った合宿の風呂の様子がフラッシュバックされる。丸井のことが友人として好きだったからこそ、今までの友情を否定された気がして、心臓が小さくつきんと痛んだ。

「いーだろぃ。ケツ貸せっつってる訳じゃねぇんだし」
「ばつ、か、貸さねぇぞ!」
「いやだから要らねって」

剣呑に光る丸井の目が急に真剣みを帯びるから、俺は咄嗟に丸井から距離を取った。突然の動作に、丸井の腕は、呆気なく、そう俺が思うほど簡単に俺から離れていった。丸井は一瞬だけ苛立ちを顕にした後、面倒臭いとでも言わんばかりに溜息を吐き、くちゃくちゃとガムを噛み始める。視線は絶えずトイレの壁を這って定まることはなく、それこそ俺を視界に入れることなど一度もなかった。そこに俺が存在していないかのように、ただ空間をなぞるだけの視線に、俺は言い様のない焦燥を感じる。












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