OR

□小春日和の日曜日
1ページ/1ページ






久しぶりにここへ来た。
あの時は何でこんなところに、しかも、こんなやつと来なければならないのかと思っていたが、今回は俺が来たくて来たのだから文句は言えない。たとえばそれが、こんな状況でも、だ。

「ったく、まだかよ!1時間近く並んでんぞ!」
「…………、」
「クソクソッ!あ〜早くしろよ!」
「しばらく黙ったらどうですか」

溜め息を吐きながら隣の金髪きのこがそう嘯く。延々と文句を垂れる俺が気に入らないのだろうが、俺は俺でこんな状況、文句を言わなければやっていけないのだから仕方ないではないか。待つことなんてだいっきらい、そんな性分なんだから。
今日俺たちがやって来たのは、都内の中心部に位置する遊園地だ。日曜日の遊園地は、溢れんばかりの人でごった返していた。どのアトラクションにも長蛇の列が出来、1時間待ちなんて当たり前だ。園内を歩くだけでも周囲の人々とぶつからないように気を配らなければならない。天気予報の通り晴天にはなかったが、冬場とはいえ、日本の日差しは少しばかりきつい。日が陰ってしまえば、それはそれで寒さに凍える羽目になるのだからあまり非難は出来ないが、やはり、黒のダッフルを着込んだ背中がじりじりと焼かれるのを感じるのは、あまり喜ばしいことではなかった。

「だって待つのってイライラすんじゃん」
「あんたが来たいって言ったんでしょ」
「こんなに混んでるなんて思わなかったんだよ!」

お目当てだった、途中でくるりと一回転するジェットコースターは、どうやら2時間待ちらしい。うねうねと蛇行して折り畳まれた列は少しずつ少しずつ進み、ようやく乗り込み口が見えてきたところだ。並んでいる間手持ち無沙汰にならないようにと買ったチキンは、あっという間に骨だけになっていた。日吉も俺も、無意味に足元の石ころを見詰めて、それを靴先で小さく蹴る。
そういえば侑士が、「遊園地は待ち時間があるから、デート初心者には向かんなあ。ま、話術があれば平気なんちゃう?」とか言っていた気がする。このことを言っていたのか、と、今更ながらに気がついた。まあ、気がついたところで、話術のない俺はどうしようもないのだが。
ちらりと見た日吉の表情は、どうにもつまらなそうに見えた。

「なんか…、悪い」
「………は?」
「だから!俺がこんなとこ来てぇって言ったから、日吉に退屈させちまって、悪かった……、っつってんの!」
「向日さん…、」
「………黙んなよバカ」
「ハァ…、バカはあんただ。別に退屈じゃない」

あんたが一緒にいるんだから。
揃った前髪に隠れていた額を指で小突かれたと思ったら、日吉が小さくふっと笑った。それがあんまりいきなりで、あんまり柔らかい音をしていたから、俺は思わず赤面してしまう。デジャヴだ。日吉は時々こうして、突然に俺の心臓をぶっ壊してくれた。
気恥ずかしさを隠すように視線をさ迷わせて、視界に入った日吉の靴をスニーカーで小さく踏みつける。お返しのつもりだったのだが、日吉は小さく笑い声を漏らしただけだった。

「今日のために買った靴なんですから、そういうことしないでくださいよ」

不意に頭を引き寄せられたと思ったら、外耳に滑り込んだ滑らかな声はそう囁いた。反射的に見上げた顔は、唇をくっきり三日月の形にして、意地悪っぽく笑っている。
どこにスイッチがあるのか、いつそのスイッチが押されるのかは分からない。でも、そのスイッチが入ると、日吉は普段の日吉じゃなくなるのだ。別にそれが嫌なわけではなかった。それよりも、寧ろ。

「あんたの話してくださいよ、最近会えなかったでしょ」
「は、恥ずかしいこと言うな!」
「本当のことじゃないですか」

急に甘やかす姿勢に入る日吉が、俺は好きだった。普段は全体的に俺を嫌っている風に装って(俺もまた然りだが)、まるで興味のないように接するくせに、一度何かきっかけがあると、何の面白味もない俺の日常に興味をもって、根掘り葉掘り聞いてくる。そのたびに俺は、変哲もない日常を日吉に話すのだった。それは部活後の帰り道だったり、日吉や俺の家だったり。
そこまで考えて、俺は急に家に帰りたくなった。家に帰れば、もっと温かい日吉がいるのに。

「今日、お前んち、行っていい?」
「構わないですけど、ここで遊んだあとだとあんまり時間取れませんよ」
「わかってる」

頬が熱を持つのは、照り付ける太陽のせいだ。それなのに日吉は、俺の真剣な表情を見て頬を緩めた。
どうせ、ぜんぶぜんぶお見通しなのである。

程よい温度の部屋でうつ伏せる日吉は、眼鏡をかけている。その背中に頭を預けてとりとめのない話をするその時間が、俺は何よりも好きなんだ。

「どうせなら、泊まっていきませんか。明日学校休みですから」
「お、おうっ!」

結局のところ、何枚も何枚も上手な後輩。そんなところが大嫌いで、大好きだと思った。性格は合わないはずなのに、それなのに惹かれてしまうということは、とてもすごいことなんじゃないかな、と。ふわりと流れる雲を見上げてそう思った。唸りをあげながら急速度で走り回るジェットコースターは、逸る気持ちをもて余した俺の心そのものである。












end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ