OR

□女神よ永遠に
1ページ/1ページ






自分がこういう役回りになってしまったのは、果たしていつからだっただろうか。自らの少し前を歩く女の子が携えたロングヘアー、その茶色い毛先が小さく揺れているのを眺めながらそう思う。せっかく部活が休みだと言うのに、彼氏がいる女の子と2人で喫茶店に行かなきゃならないなんて、俺は本当に無意味なことをしている。

「ごめんね…、急に誘っちゃって」
「ううん、全然かまわないよ!愛梨ちゃんのためだもん!で、今回はどうしちゃったの?」
「うん、あのね…。」

1年生のときに同じクラスだった愛梨ちゃんは、喫茶店に着くと1番奥の席を陣取り、それから延々2時間彼氏と喧嘩した話をし続けた。些細なことかもしれないけど、嫌なものは嫌なんだよね、と悲しげに俯くその表情に俺までつきんと胸が痛むが、正直その話を俺にしたところで何の解決にもならないことに早く気が付いて欲しい。それでもどうしてか女の子ってやつは不思議な生き物で、自分の中で抱えてるものをぜんぶぜんぶ吐き出すとすっきりするらしく、俺が話を聞きながら相槌を打って、少しこちらの意見を述べてやるだけで、だんだんと笑顔が戻ってくる。愛梨ちゃんは可愛らしくて、"キュート"という言葉がぴったりな子だ。綺麗なお姉さんならば憂いた表情も素敵かもしれないが、この子に関しては、笑っていた方が断然いい。

「とにかく、そのことをちゃんと彼氏と話し合わなきゃだめだよ。男なんてね、たいがいのやつが無神経なんだから」
「そっか…、うん。ちゃんと向き合ってみる。ありがと、千石くん」
「お礼なんていいよいいよー!愛梨ちゃんの笑顔が見れたし寧ろラッキー!」
「もう、千石くんたら…。千石くんが彼氏だったらよかったのにな」

じゃあ彼氏にしてよ、だなんて。本音がぽろりと漏れてしまいそうになって焦ったが、屈託のない笑顔を見せられてしまったら、何も言えなくなってしまう。それに実際問題、愛梨ちゃんのことを他の女の子と比較して、特段好きなわけでもなかった。つまるところ、俺が愛梨ちゃんに向ける"好き"は、他の全女の子に対する愛情と同じなのだ。
いつの間にか暗くなった窓の外に、彼女が驚くのは毎度のことだ。話すことに熱中しているときは他のことなんてまるで忘れ去っているから、急に日が暮れたように感じるのだろう。門限があるから、と、慌てて席を立った愛梨ちゃんから伝票を受け取って、然り気無く全額を支払う。何度も何度も「あたしも払うよ」と言ってくるあたり、本当にいい子だなあと思った。この子の彼氏さんは幸福者だ。もし俺が彼氏だったら、他の男に相談なんかさせないくらいたくさん愛してあげるのに。

「じゃあ、ほんとありがとね」
「なんかあったらすぐ俺に連絡するんだよ!じゃあ気を付けて」

駅前で愛梨ちゃんと別れたあと、俺はその場で鞄に入れっぱなしだった携帯を確認する(女の子の前で携帯弄るなんてそんな真似、絶対にしない)。すると、メールが2件、電話が1件入っていた。

12/02/09/ 15:32
from:由衣ちゃん
sub :No Title
-----------------
彼氏にふられた
もう意味わかんない
清純助けて

12/02/09/ 19:05
from:エリカちゃん
sub :やっほー!
------------------
久しぶりだねー。
最近忙しい?
色々話したいこと
たまってるから
千石がひまなとき
連絡して(^o^)/

由衣ちゃんもエリカちゃんも、普段から仲良くしている女の子だ。そのメールにざっと目を通してから、次は着信履歴をチェックする。不在着信の相手は、女テニの子だった。こないだ俺がキューピッドになって男テニのやつとの恋愛を成就させてやったと言うのに、早速問題が起きたらしい。一端携帯の全機能を終了させて、カレンダーを呼び出す。そこにはびっしり、女の子との予定ばかりが書かれていた。それを見た俺は小さくため息をつく。このスケジュールのせいで勘違いされることが多いが、俺は決して女ったらしではない。少なくとも、ここに名前が書かれている子とは全員確固たる友人関係を築けているし、もっと分かりやすく言えば、俺は彼女らの相談役に過ぎないのだ。
「男の子の考えてることなんてわかんない」彼氏に何をされたのか言われたのかは知らないが、そういいながら俺のところにやってくる女の子はたくさんいる。そんな女の子相手に、俺はただ話を聞いてあげて、男の立場で少しだけアドバイスを与えてやるのだ。そうすると彼女らは大体元気を取り戻して、会ったときよりもだいぶ清々しい顔をする。その変化が、俺は何よりも好きだった。だから、だからこそ渾身的に相談に応じるのだが、このポジションは女の子たちにはえらく好評らしい。「困ったら千石くん」なんて女の子の間では流行して、毎日毎日俺とコンタクトを取りたがる子は増えていった。女の子自体が好きな俺としては万々歳の事態であるわけだが、如何せん、時間と労力が不当に奪われてしまう。さっきの愛梨ちゃんはまだいい方だ。慣れてくると、会計のときに自らの財布すら出さない女の子だっていたりする。つまり、労働と利益がともなっていなかったりする。

「もしもし?」
『ねえ千石くんちょっと聞いてよー!』
「うん、どうしたの?」

俺はすぐに電話を掛け直した。少しばかりの疲労を押さえ込みながら電話口で対応する。彼氏に振られたとメールしてきた由衣ちゃんは、きっと精神的に相当しんどいだろうから、直接会って話を聞いてやろう。そう思いながら、帰宅方向とは真逆に向かう電車のホームへと足を進めた。
こんなボランティアをして、何の意味があるのだろうと時々考えたりもする。女の子に、彼氏と仲直りした報告をされるときなんてそりゃあもう酷い。独り身でありながら幸せそうなのろけ話を聞くなんて、俺の忍耐力でも命懸けだ。それでもこうして熱心に話を聞いてやるのは、俺が女の子を好きだからだ。人間が好きで、女の子を好きだから、彼女らには笑っていて欲しい。悲しみの涙なんか知らないくらいに真っ直ぐな微笑みが、女の子全員にあればいいのにと、そう思うほど彼女らの存在が愛しかった。

『ね、ありえなくない?』
「んー、確かにねえ」
『もうほんとさあ、あ、待って電話来た。彼氏かも。ごめん切るね』
「お、ほんと?よかったじゃない、頑張るんだよ」
『ありがと、じゃね』

散々話を聞いてやったのにこの対応かよ。やっぱり少しだけ泣きたくなるわけだが、彼女の声が少しだけ弾んでいたからそれで相殺された。
大抵の女の子が俺に対して一度は言う台詞がある。「千石くんが彼氏ならよかったのに」さっき愛梨ちゃんに言われたから、もう何人に言われたことになるのだろうか。ひいふうみいと指を折ったが、バカらしくなって途中でやめた。そうして、俺からの連絡を待つ由衣ちゃんとエリカちゃんに返信を打ち始める。
「俺が彼氏なら、めいっぱい君を幸せにするよ」その気持ちに嘘はない。それでも俺がその台詞を口に出さないのは、ぜんぶぜんぶの女の子が好きだからだ。君が好きで、でも、君も好きで。本当は全てを手に入れたいのだが、それが許されないことは分かっている。だから、俺はもう何も求めないことにした。女の子が周りにたくさんいてくれて、俺に頼ってくれて、微笑んでくれる。それで十分じゃないか。
無理矢理に決め付けたその意識は、時々辛いこともあるが、大方俺の生きる中心部分を担ってくれている。何も手に入らない代わりに、何も失わないというのは思っていたよりも魅力的だったらしい。

「っくし、」

冬のホームの凍てつく寒さに思わずくしゃみをすると、返信し終えてポケットにしまった携帯が、小さくヴヴヴと鳴ってメールの着信を知らせた。差出人は、マネージャーの女の子だ。千石清純は、どうやら世界中の女の子の救世主らしい(と、自分では思っている)。だってそうだろう?次から次に女の子から助けて欲しいとすがられてしまうんだから。
電車がホーム内に侵入してくるたび理不尽に吹き付けてくる風に、体はすっかり萎縮してしまっていたが、迷える女の子がいる限り、俺には休んでいる暇はない。少し冷静になってみるとおかしなこの生き方は、ラッキーでハッピーな俺にぴったりだ。びっしりと埋まったスケジュールだって、本当は嬉しかったりする。
ホームの屋根の隙間から覗いた空に一筋の流れ星を見付けて、俺はウインクを飛ばしてやった。
世界中の女の子が、幸せになりますように。
とりあえず由衣ちゃんを救うため、到着したばかりの電車に乗り込みながら、心の底からそう願う。












end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ