OR

□めくらまし
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大石は、とことん不思議なやつだと思う。だって俺がなにも言わなくても、全部全部分かってくれるんだ。それを不二に言うと「それは羨ましいなぁ。さすがゴールデンペアだね」とにっこり笑ってくれた。でもそれを桃に話すと「はいはい、もう惚気は十分っすよ」と言われる。俺にも大石にも彼女はいるのに、桃はそんなことを言う。桃も、不思議なやつだ。そんな桃には彼女がいない。

「つまり僻みってことかにゃ!」
「ん?なにが?」
「桃のやつがさー!」

部活帰りの夕焼けの中大石に桃の話をした。先週関東地方は梅雨入りしたはずなのに、雨はまったく降らない。ダムの水位は通常時の50パーセント近くになり、テレビでも取り上げられるし専門家たちは温暖化の作用だと言ってしきりに警鐘を鳴らしもする。それでも俺たちは、俺たちテニス部にとっては、今年の梅雨に雨が降らないということは、神様の優しさのように思えた。最後の大会まで間近に迫った、そんなある6月の日。大石と俺はゆっくりと歩を進め続ける。

「んー、桃は俺たちの仲の良さを勘違いしてるからなぁ」

ひとしきり話を聞いたあと、大石はゆっくりとした声でそう言った。「桃は、俺にも英二にも彼女がいることを知ってるってのに」遠くの方で雷鳴が聞こえる。もしかしたら一雨くるのかもしれない。そうなったら嫌だなあ、と、俺は自然と歩みを早めた。それでも、2人の肩はぴったりと揃ったまま、1ミリさえもずれなかった。こういうところだ、大石の不思議なところは。自分が好きなように動いても、動いた分だけ大石はきちんと俺についてきて、そればかりか、俺が動きたいと思う方向に俺より先に動き出すのだ。そのときの気持ちよさといったら。もう。

「大石、今日は早く帰らなくちゃだめ?」
「うん、今日は彼女に夜電話する約束をしてるんだ」
「うへぇ、ごちそうさま!なんかいま、桃の気持ちが分かったにゃ」
「はは、そうかもな。でも英二こそ、最近は彼女ばっかりじゃないか」

突然自分に非難が向いて、思わず言葉に詰まる。
そんなこと、ない。そんなことあるわけない。だって俺の優先順位の1番は大石だ。それはずっと変わらない。1年の頃、大石と試合して仲良くなって、それからずっと俺は大石と一緒にいたし、大石と一緒にいたかった。四六時中一緒にいても不自然でなく息苦しくない関係が、まさしく俺たちだったんだ。
大石は立ち止まって、俺のことを責めるような目をする。すっとした眉の頭を寄せて、すぐにその表情を隠す。失敗したとばっかりに、痛そうな余韻を残しながら。

「大石が俺と遊んでくれないんじゃんか」
「そんなわけないだろう!」
「じゃあ今日!俺んち来いよ!彼女断って!」

売り言葉に買い言葉。
別に本心ではなかった。いや、もっと大石と遊びたいかどうかと聞かれればそれはもちろんそうだったが、それが実現するとは夢にも思ってない。大石の中の優先順位の1番はたぶん俺だけど、ほとんど彼女と同じ位置にある。その状態であれば、約束を優先させるに決まっている。大石はそういうやつだし、そういうやつじゃなくなったら俺はおそらく大石を嫌いになってしまう。

「……いいよ。でももし英二の家に行くなら俺は今日帰らないよ」
「そうしたいなら、すればいいじゃん」

ふいっと顔を背けながら、俺の心は歓喜を噛み締めた。大石が、うちにくる。それは1ヶ月ぶりくらいの出来事で、久しぶりの喜びだった。友達の枠の中で楽しく愉快に笑う俺たちが、ちょっとだけ友達から飛び出して、それでも絶対に恋人には踏み込まない行為。互いに恋人はいても、俺と大石はそういう関係だ。1年の頃からずっと。
罪悪感があるかないかと、一般論に惑わされて考えたこともある。しかし、それは俺たちにとっては愚問だ。だって元から俺たちは友達で、この関係が普通だったんだ。少し仲が良すぎるかな、と思ったことがないわけではないが、どちらかといえば、その感情をいだけるその優越感に浸っていることの方が好きだった。たぶんそれは、大石も一緒だ。
徐々に暗くなり始めた通学路を黙って歩きながら、右隣にいる大石の揺れる左手を掴もうとする。でもその前にきっと。ゆっくり気配だけ動かした俺の右手を大石は捕まえて、ついでに俺の吐息まで奪う。一瞬で離れていく唇を必死に追い掛けるのに、右手の長い人差し指で「だめ」と言われてしまったら、俺は今度こそもう大石ともっと仲良くなりたいと思ってしまうのだ。

「俺だって、早く英二のこと触りたいよ」

困ったように首を傾げて笑う大石は文句なしに格好いいが、それに心臓がぶっ壊されそうになるのは女の子たちだ。俺は女の子ではないし、ましてやホモでもない。だからそんなふうに格好つける大石は正直滑稽というか、可愛いというか、そんな風にしか思わない。だから思いっきり吹き出す。性欲が燻りだしているのは事実だ。もしここが家で、ベッドとコンドームがあればすぐにでも素っ裸になっている。
それでも、愛とか、恋とか、そういう恥ずかしい感情はここにはなかった。あくまでも、友情の範囲でのやきもちが、俺たちをこうさせたのだ。

「電話鳴ってるよ」
「ああ、ほんとだ。出ていい?」
「どーぞどーぞ」
「………もしもし?ごめん今日、母さんが用事でいないらしくてさ。電話、明日かけるよ。ごめんね?」
「って言いながら大石は俺とピーーーしまーーーすっ」

大きめの声でそう言えば、ごちっと大石にグーパンされた。いいじゃん、事実なんだから。
追い掛けるように雷鳴が近付く。振り返ると、真っ黒い雨雲が俺たちのすぐ後ろまで迫ってきていた。「ほらおーいし、はやく逃げなきゃ」電話を切るに切れない大石を横目に、俺は小さく駆け出す素ぶりを見せる。でもその前に、携帯を耳に当てたまま大石は右足を強く蹴るんだから、やっぱり、不思議なやつだと思った。






end

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