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□我輩、間借り希望
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隙間があったらそこに入りたいと思うのは当然の心理なんじゃないかと、俺はそう思うし事実統計上でもやはり元来動物たちが狭い場所を好むというのは証明されていた。隙間に潜むためにはやはり小さな身体が都合がいいようで、俺をきちんと包み込める空間なんてものはそうそうない。残念だが、仕方がない。それもまた自然の摂理なのだから。

一方で、しなやかな肢体を持つという選択肢もある。代表的な例が猫で、明らかにお前じゃあ通れないだろうという銀柵の間を、それこそ頭蓋を器用にこすりながら通り抜けて行く。臓器など骨など存在しないかのようにすうっと伸びやかに手足を移動させる様は、美しいと言っても過言ではなかった。哺乳類でありながらまるで水蛸のようだと言ったならば、猫は怒ってそっぽを向いてしまうだろうか。シングルベッドは狭いからと何度も言ったのに、猫は頑として胡座をかいた俺の左ももから頭をどけようとしなかった。
ただでさえ他人より上背のある俺が、座っているとは言えリラックスをした状態を作れば、それなりのスペースをとる。更に言うなら小学生あがりたての頃に購入したこの木造りのベッドは、もう、俺を収めるのにぎりぎりである。その上で、俺の真下でどうどうと眠りこける猫は、やはり小さくないのに、上手にその全てをそこに投げ出して、くるんと丸くなっている。くうくうと届く寝息は、通学路でたまに出会う白猫にそっくりだった。「みいちゃん」と、うちの猫はその猫のことを呼ぶ。最近になって知ったことだ。それまでは「オイ」だとかなんだとか呼んでいたが、実は名を付けて呼んでいるのを知られるのが恥ずかしかったのかもしれない。ロードワーク中の彼にばったり出くわしたとき、猫じゃらしを携えながら羞恥に頬を赤くしていた様子を今でも思い出す。けどお前、そっちが俺のテリトリーに入ってきたんだよ。先輩を装った俺は、少しばかり咎めるような声を出して彼の拒否権を奪った。お茶でも飲んでいかないか、と。たぶんそれが起爆スイッチだった。
それから度々、この猫は俺の家に立ち寄るようになった。最初は遠慮がちだったものの、今ではもうこうして我が物顔でベッドを占拠する。俺としては礼儀正しく思慮深い彼がこうして何も躊躇わずに素を曝け出してくれることが嬉しいから、願ったり叶ったりだ。それに、彼はきちんと「お邪魔します」を言える子だ。「すいません」「ありがとうございます」親しき中にも礼儀ありをまさに体現しながら、菓子折りを持参することも多々あった。気を遣わせてしまったかと申し訳なく思えば、「母さんが持ってけっていうから」と中学生男子が吐き出すテンプレートがそのまま出てくる。思わず吹き出すと馬鹿にされたのかと思った彼は、ぐ、と眉間に力を入れた。その様子に、慌てて違うよ、と告げる。「俺のこと話してくれているんだね。なあ、お母さんはどこまで知っているの?」少し意地悪な質問だったかなあとも思った。その証拠に、首筋から耳元まで真っ赤になってしまう。震える右手をとれば、猫は大人しく俺に従った。俺が彼の黒いタンクトップに手を差し入れれば従順に応えるし、「脱いで」と言えばたっぷり10秒は逡巡してからそれでもゆったりと白い肌を晒す。

テニス雑誌を捲る音がそんなに不快だったろうか、真下にいる猫がしきりに寝返りを打つ。そのたびに裸の上にかけられたタオルケットが閃いた。横を向いたその襟元から首筋にかけて、鬱血の後が見受けられる。俺がつけたんだろうが、こんなに酷い傷になるとは思っていなかったというのが正直なところだ。恥ずかしながら毎回俺だって必死なわけで、天国を見た猫が半狂乱で縋ってくるあたりから、もう、無我夢中になっている。力の限り背中をひっかかれて、肩口に噛みつかれて、涙を流しながら悦ぶ様を間近で見せつけられてしまえば、そうなるのも仕方ないことだと言えるような気がした。その証拠に、俺の身体にも痛々しい傷跡が無数にある。風呂に入れば必ず染みるだろうそれを果たしてどうやって隠そうかと思案するうちに、猫が低く唸った。ようやくお目覚めのようだ。たっぷり2時間微睡んだ猫は、さぞご機嫌な様子だろう。

「おはよう、海堂」
「………せんぱい」

いつもの何倍も腑抜けた声を出しながら、海堂は俺の腰を抱き締めて擦り寄ってくる。その頭に何か当たったことを認識し、不思議そうな顔でそこを確認した。その動作で俺もそういえば、下着をつけていなかったなと思った。性器を直接頭に触れさせてしまったことに、素直に申し訳ないと思ったから「ごめん」と言ったのに、海堂は笑いながら「いいっすよ」と言う。何がいいのかは分からない。相変わらず身体を小さく丸めたまま、狭い俺の足の間に入って。「かわいい」と呟いたのは海堂のほうだ。まるで俺の思考が漏れ出たのかと思うほどのタイミングに瞠目していると、海堂は俺の力なく項垂れた性器をぱくりと口に含んだ。寝起きの粘ついた口内は、とても熱かった。手にしていたテニス雑誌がばさりと大きな音を立てて落ちる。「かいど、ッ…」予測不能な動きに声が上ずる。反応しはじめたそこに、海堂はますます熱心に食らいついていた。こんなに、性に素直な子じゃなかったのになあと俺は天井を仰ぐ。外から猫の鳴き声がした。けれどもそれは低く伸びた声。発情期はまだ先だよ、と、頭の中で海堂に話しかけながら、潤んだ瞳でこちらを見つめるその頭を撫でてやる。そうすると海堂は安心したようにまた熱烈にそこを愛してくれるのだった。

狭い場所がそんなに好きかい?俺にくっ付いて丸くなって、包まれて。それじゃあまた、俺の下に潜らせてあげるよ。揺蕩うシーツに巻かれながら、存分に、動物の本能を剥き出せ。

力強く肩を掴んで引き起こす。びっくりしたように目を見開く海堂を、今度は勢い良く俺の下に組み敷いた。そうするだけでこんなにも、蕩けた顔をするから。しなやかに筋肉を付けた両の足は大きく開いて膝で折って、胸板にくっつくくらいに俺とベッドで挟み込む。小さく、小さくなった海堂は、俺に侵食されている。膝裏を肩で支えてさらに押し込むと、ついにはその辱めに海堂は瞳に涙を溜め始めた。頬は発火しそうな程赤い。ずるいなあ、と言ったのはほぼ無意識だ。海堂はこんなにもしなやかでたくましくて柔らかで、たまには俺もこんなに挟まれて制圧されて、動物になりたいよ、と。
ほとんどただの哺乳類の雄になったままの海堂に、そう告げる。てっきり理不尽なこと言うんじゃねえと怒られるかと思っていたが、海堂は低い声で「バァカ」と唸った。「せんぱい、てめぇ自分の目ェ見てみろ」「誰がいちばん獣の目ェしてんだよ」はっとして部屋の隅にある姿見に目をやる。そこには一面の肌色と、ぐつぐつと沸騰しそうな虹彩を持て余した自分がいた。薄く開いた唇の隙間からはハッハッと息が漏れ出ていて、まるでこれは。頭がキンとした。

強引に海堂を起こしてベッドから引きずり下ろす。されるがままの海堂は、覚束ない足で俺に従う。なにをされるのか分かった上で全て諦めたようなその様子が、余計に俺を興奮された。
ダン、と。予想より大きな音が出て、それでようやく我に帰るのに間近に迫った姿見に映る海堂の姿を見て瞬く間に脳が沸騰する。鏡ごしでみるその爛れた表情は、理性の糸を容易く引き千切った。汗ばむ海堂の両手は鏡につかせる。そしてそのまま、尻だけを突き出させる格好をさせて、待ても聞かずに押し入った。2時間前の情事の跡を色濃く残すそこは、容易く俺を受け入れる。それどころか、まるで歓迎するかのように熱くうねっていた。「ぃ、ッは、ぁ」必死に快感をやり過ごそうとする海堂の腰はどこまでも逃げている。それを追い掛けるのも好きだった。あっという間に鏡に密着するまでに乾から離れた海堂を押し付けて、圧倒的に支配する。後ろに挿れられただけで勝手に勃ち上がった性器は、鏡に擦り付けられて上下するたびに透明の筋を作った。その冷たさにますます首を竦める海堂の腰を片手で掴んで揺すりながら、もう片方では愛らしい乳首を摘まんでやる。「海堂、ほら、目を開けてごらん。ようく見て。お前は今、こんなにエッチだ」涙をぼろぼろ流しながらゆるりと目を開けた海堂と鏡ごしに目が合う。「違う。俺じゃない。お前を見るんだ」興奮を努めて抑えて冷静な声を出した。そうすると海堂は一度びくんと震えて、ようやく鏡の中の自分と目を合わせた。きつく寄った眉根を、潤んだ瞳を、真っ赤に上気した頬を、だらしなく開いた口を。「ほら、キスして、海堂」それはまるで魔法の言葉だった。自分でそう思ったのだから海堂にとってはもうほとんど催眠に近かったのかもしれない。荒い息を隠せないままそう海堂の外耳に直接注ぎ込むと、一度ハァッと熱っぽく息を吐き出した海堂は、いやらしく舌を突き出して鏡の中の自分と唾液の交換を始めた。目は閉じさせない。自分の姿がどんなに淫らか、知らしめてやりたかった。乳首を痛いくらいに摘まむと、それに応えるように性器が震えて胎内が締まる。「あ、ぁ」開かれた口からは惰性のように声が漏れ出る。本当に、どうしようもなく動物的だ。
両手で腰を掴みながら、下から上に突き上げてやる。今までより速く、きつく、奥の奥まで。鏡に上半身を預けながら、海堂の両足は爪先だけで全体重を支えている。ぷるぷると子鹿のように震えるその足を取りさらって、その全部を串刺しにしてやれたらどんなにいいだろうに。
「せんぱッ、も、もうっだ、め、いく、いくいくいくッ」こちらがぶるりと身震いしてしまうような声。肉と肉とがぶつかり合う音の中で、確実に海堂の胎内が今までと違う動きをする。ああこれは、俺も持っていかれる。あまりない2人が同時に達することの出来るタイミング。せっかくなら、一緒に天国が見たいと思った。「ちょっと、待って、ん、海堂。俺も、」今にもいってしまいそうだったその陰茎を更にこすりあげながら、それでも言葉では射精を牽制する。腰の動きをますます強めたその裏腹な態度に、海堂は泣いて許しを請うた。「ひ、ィやぁあ!せんぱ、せんぱ、ァ」切れ切れになる声が可愛くてこちらを向かせて唇を覆うと、海堂の胎内が急激に蠕動する。これは。ドライ決めちゃったな海堂、と思う前に簡単に俺は射精していた。引き絞られる感覚が長く続く。突き上げを緩くして全部をそこに出し切ると、ますます粘性が上がって今度こそそこから卑猥な音がする。「ァ、ァアあ」射精を伴わない絶頂を断続的に感じている海堂はまだまだ夢の中だ。「気持ちいいの?」「あァ、あああああ」再び腰を振り始めると、海堂の絶叫が始まる。こうなってしまうと手がつけられない。手近にあったタオルを口に噛ませるけれど、噛み締めて我慢をする余裕もないから困ったものである。仕方ないから口いっぱいにタオルを詰め込んでせめてもの防音対策だ。以前キスで抑えてやろうと思ったこともあったが、夢中になりすぎて舌を引っこ抜かれそうになってやめた。今日はどこまで頑張れるかな?海堂。前回は失禁して意識を失ったあたりで幕切れだったが今日はさせない。失神しないギリギリで、死にそうな快感を与えてあげるよ。






「ほんとにあんた、なんなんすか」「ん?なに?」かすかすになった声で海堂がなにか言うが、ちっとも分からない。言いたいことは分かるけど。やっぱりシングルベッドに170オーバーの男2人は狭い。狭いけれど、落ち着くのは認める他なかった。「気持ちよかった?」海堂はちょっとだけ苦虫を噛み潰した顔をして、それでもこくんと頷いた。「最高に可愛かったよ。死んじゃうかと思ったけど」言いながら、この台詞、何度目だろうかとひっそり笑う。その意味が分からなかったらしい海堂は一つきょとんとしたあと、すぐに興味を失って、俺の胸板に擦り寄ってきた。俺の腕と、胸板と、その狭い隙間をとことん欲して。





「いつか、机の引き出しを開けたら海堂がいそうでこわいよ」
「あ?」







end

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