B

□I'm all yours.
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友情としての好きが先だったか、恋愛としての好きが先だったか、はたまたそれよりも前に家族としての愛情が醸成されていたかは分からない。いつの間にやらその全てがぐちゃぐちゃに入り交じって、真っ黒なのか真っ白なのかそれさえも判別出来ないくらいに一面を塗りつぶした感情は今もって留まるところを知らなかった。触れるたび、ともすれば離れるたびにまたひとつ色が上塗りされて、そしてそれもまたすぐに混ざり合う。上から上から塗り重ねられていっそうその深みを増す画用紙は、いつか溶けだしてしまわないか不安になるくらいだった。

「ジャッカル」
「ん?」
「…………、」

吐き出せないまま、心のなかで増殖していく。破裂しそうなこの胸を割いてお前に見せることが出来たらどれだけ楽になるか。食う寝る遊ぶ、テニス、家族、それからお前。
俺の中身なんてそんなもん。
ありがとう、ごめんなさい。それは好き、あれは嫌い。腹減った。眠い。テニスしたい。
言いたいことは全て考える間もなく口をついて出るこの性格を俺は嫌いじゃかったが、どうしたって画用紙を埋め尽くすお前への気持ちだけは口の中でもごもごガムみたいに咀嚼して、すとんと飲み込んでしまうから、ああ、意地っ張りで損するなあと他人事のように考えた。
お前の中の画用紙は何色をしているんだろうか。友情と愛情と、それからあと何が詰まってる?
真っ暗ななかベッドに潜って抱き込まれた身体はぴったりとくっついて、頭のてっぺんからつま先までお前の匂いだ。衣擦れの、音がする。

「どうした?」
「んや、なんでも」

額に厚い唇が触る。前髪を撫で付けた褐色の手のひらは、そのまま俺の後頭部を慈しむように上下する。「よしよし」。俺が昔お前にしてやったように、お前は俺にそうする。
それがどんな意味を持つか俺は知っていた。どんな気持ちでその左手が動くかを、俺に触れるのかを。
ぎゅうと抱き締めればその分返ってくるし、唇は俺の顔を順になぞって鼻先と頬と、それから唇に熱が灯った。当たり前のように注がれる愛情は、いつからか。俺のいいように、好きなように仕立てられたこの男はとことん俺の思うがままに動く。無意識のなかで刷り込まれた挙動は、確固たる習慣となって俺を甘やかす。

「うそつけ。なんでもなくないだろ」

後頭部を撫でていた左手が俺の顎を捉えた。く、と、顔を上げさせられて、切れ長の瞳と対峙する。先程までの動物のような色は消え失せて揺蕩う波のように穏やかな光を宿したその虹彩は、何年経っても変わらなかった。目蓋のふちを彩るまつ毛はしなやかに長く、俺の目蓋をくすぐる。
ちゅ、ちゅ、と、しゃべる暇さえくれない唇は、俺のそれを何度も何度も優しく愛撫した。時折尖った犬歯がからかうように噛み付いてきて、怒る間もなく舌がぺろりと閃く。言うことを聞かない犬のようだと思った。

「ジャッカル」
「おう」
「やっぱ無理」
「はぁ?」

痛いくらいに抱き締めてめいっぱいキスをすることはできるのに、溢れ出るこの感情はどうしたって言葉にすることが出来なかった。友情なのか恋愛なのか愛情なのかももう分からない。ただただお前が好きというそれだけがぐるぐると渦を巻いて、叫び出してしまいそうだとも思った。
静まり返った午前1時。時計の音と心臓の音だけが規則正しく響いている。
こんなにも、こんなにも深い気持ちを俺は知らない。世界でいちばんで、唯一で、真っ黒で真っ白な画用紙を作り出した張本人。毎日の真ん中にどっかりと居座って、それなのにまだその取り分を寄越せと言う。どれだけ頭を撫でられたってどれだけ抱きしめられたって、どれだけ俺の言うことを聞いたって、お前に対して俺が抱く感情には到底足りない。
心臓の奥の、たぶん「心」があるところ、そのあたりがきゅうと痛くなるほど、俺はお前のことが好きだよ。

「俺より先に死ぬなよ」
「おいおい、どうしたんだよ」

お前がこの地球にやってくる少し前、俺はお前のために地球にやってきた。場所は少し遠かったかもしれないが、お前と出会うために俺はきっと神奈川に生まれたし、お前と相棒になるために俺はきっとテニスを始めた。
あれ、なにこれ運命?頭のなかでそこまで考えて急にアホらしくなってふふっと笑い声が出た。不審がるお前に理由は教えてやらない。
俺のいない世界を知らないお前を、俺がいなくなったあとの世界に残すことは心配だけど、お前のいない世界を俺は7ヶ月も過ごしたんだ。だから、お前が俺を看取って。お前のいない世界なんて要らないの。
ぐちゃぐちゃと、画用紙がまた塗りつぶされる。この長い手足は全部俺のもので、優しく響く声も、眼差しも、未来も、過去も、お前の全部は俺のものだ。俺が死ぬまで、俺が死んでも。

「おい、ジャッカル」
「だから何だって聞いてんだろ…」
「一生のうち1回しか言えない話があるんだけど、今聞く?」

眉根をちょこっとだけ寄せて、お前はうーんと唸った。「ブン太が言いたいときでいい」だなんて、優柔不断で、完全無欠のイエスマンで、俺至上主義。
もう一度その身体をぎゅうと抱き締めて、俺はお前の耳元に唇を寄せる。顔は見られたくなかった。しっかり力を込めた両の手のひらと、あと何十年か脈打つ心臓から伝わればいいなと思った。俺のなかの画用紙の色の、100分の1でもいいから、伝わればいいと。
1回しか言わないからちゃあんと聞けよ、なあ、ジャッカル、愛してるぜ。












end



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