□雅治のラビリンス
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これではまるで、俺が苛めているようだと思った。目の前に座る男は顔を真っ赤にしたまま、羞恥なのか憤怒なのか依然小さく震え続けている。少し氷の溶けて薄くなったアイスコーヒーを軽く掻き混ぜながら、全く面倒なことになったものだと、仁王は相手に分からないように胸中だけで溜息を吐いた。空いた右手は、相変わらずジーンズのポケットに入った携帯を撫でさすって連絡が来るのを今か今かと待ち望んでいるが、その時はこの喫茶店に入って1時間経った今も訪れていない。おそらく向こうも向こうで大変なのだろう。おそらく自分の目の前の男より数段頭がキレるだろう奴を相手にしているのだから、まあ、仕方ないと思うが。

「長太郎が、あんなに、怒ったの、始めてだった、」
「はあ…、そう」

今日だけは、待ち合わせ場所を駅前に選んだ柳生を憎むしかない。久しぶりのデート(という名のスポーツ店巡り)、いつものように少々遅れて待ち合わせ場所に来てみれば(5分遅刻の小悪魔演出)、ぎゃあぎゃあ叫びながら大喧嘩している氷帝の宍戸と鳳がいて、しかもそれを放っておけば良いものを、お人好し代表柳生は仲裁に入っていたのだ。休日の駅前だ、そりゃあもう人で溢れている訳だし、そんな中で身長180強の何ちゃって銀髪お坊ちゃんと、口も目付きもガラも最低最悪の何ちゃって不良が半分泣きそうな具合で怒鳴り合っていたのだから、相当な注目を浴びていた。柳生は何事かを言って、必死にそれを止めようとしていたが、二人は完全に頭に血が上っていて聞こえていない。だから、仕方なく、本当にもう仕方なく、日本の平和とこれから始まる夢のデートの為に、仁王が割って入った訳だ。その奇妙な一団近付いて行くと、柳生が気付いてぱあっと顔を明るくする。そんな柳生に一つ唇の端を持ち上げて、そのまま無遠慮にごついブーツで宍戸の背を蹴り、鳳の脛へローキックを食らわす。これで喧嘩が沈静化すれば、邪魔者は排除されやっと柳生とデート出来るのだ。

「おいてめえ聞いてんのか、」
「は?あ、あぁ、すまん」

宍戸がミントティーを飲みながら凄んでくる。正直、怖い。
仁王がうまく喧嘩を纏めた筈であったのに、何を間違えてこんな状況になったのかと言えば、仁王が二人を蹴ったのち、鳳が柳生の腕を引っ張って「浮気してやる!」なんて言ったからだ。何とまあガキ臭いことをするものかと、仁王は失神しそうになった。柳生は突然の指名に目を白黒させて、仁王と鳳と宍戸の顔を順繰りに何度も何度も見る。そんな鳳に、仁王はもう宍戸が折れるしかないと思ったし、いくら頭の弱い宍戸であっても後輩相手に全力でキレるなんて有り得ないと思ったのだが。「なら、こっちもだ!」ぐわし、と宍戸から二の腕を捕まれて、仁王の逃げ場は完全に奪われてしまった。その後、愛しの柳生はあれよあれよという間に鳳に拉致され、そんな鳳の様子に愕然とした宍戸と俺は駅前に置き去り。ひゅう、と風が吹き抜ける中、周囲の目を気にしながらこそこそと駅構内のカフェに入ったのだった。

「もう、あいつの考えてること分かんねぇよ、」
「………他人なんじゃし、当然じゃろう?」

あまりに深刻な様子に、思わずこちらまで眉が寄る。くしゃりと前髪を掴んだまま、宍戸は力なく俯いて頷いた。仁王は、どこか勘違いしていたな、と思った。鳳が宍戸のことを大好きで大好きで尻尾を振りたくって宍戸の尻を追っ掛けているのだと思っていたが、案外本気で鳳を必要としているのは宍戸なのかもしれない。試合中には見たことのないような表情で苦し気に唸る宍戸なんて、きっと他の場面で見ることはないだろう。それくらい鳳を大切にして、掛け替えのない存在だと思っている。












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