□キラキラ
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控え目に渡されたのは、1枚のチケットだった。

「これは、?」
「誕生日おめでとさん」

柳生がぽかんと見つめる先で、仁王ははにかんだ笑顔を見せる。つんとすました青に、淡く桃色が溶けゆくその表情は、仁王が柳生にしか見せないものであった。
条件反射で受け取ったチケットに視線を落とした柳生は、その紙切れが航空券であることを認識すると、切れ長の瞳を大きく瞬かせる。チケットに触れた右手の親指と人差し指を僅か擦り合わせて材質を確認すると、それはやはり航空券のように片面だけに絶妙な光沢を持っていた。これまたどえらいものを持ってきたものだと柳生は頭を抱える。いくら己の誕生日とは言え、ここまでのサプライズはいかがなものだろうか。諦めたように息を吐いて、全てローマ字で印刷された航空券の内容を読み込む。ジャパン。ナリタ。フランス。パリ。見たことも聞いたこともない外国航空会社の配給した航空券には、そういった単語が印刷されていた。つまり、日本の成田からフランスのパリに行く航空券らしい。次いで日付を確認した柳生は、本当に呆れるしかなかった。

「間に合わない」
「ふふ、ざーんねん」

そもそも間に合ったとして、じゃあパリに行くのかと言えばそうではないが、こう、気持ちの問題として鼻から乗れないと分かっている飛行機の航空券をもらっても、微妙である。火曜日に部活があることなど、立海大附属中学校テニス部に入部した2年以上前から知っているのだから、それを考慮した上でこういったサプライズは用意して欲しいと思った。

「でも、ありがとう。仁王くん。確かにフランスは私の憧れの地です」
「うん、ええよ。喜んでくれてよかったナリ」

おそらく、このただの紙切れはそれなりに高額であっただろうし、チケットを準備するために、相当な苦労を要したに違いないのだ。仁王は、そういった一見無駄なことに対して、やけに熱心に取り組む癖があった。それが家族や仲間、そして恋人のためならば、彼はよりいっそう自らの労力を惜しまず、全力で優しさをプレゼントしてくれる。
今回も、こうしてまた。常人には解しがたいような贈り物をしておいて、本当に嬉しそうな、そんな顔をするのだから。だから、なんとなく憎めなくて、それからちょっぴり愛しい。実用的でもないし、それそのものに価値もない(もし飛行機に乗るとするなら価値が生じるが、柳生がそれを所持していて、尚且つ使用しない限り航空券の価値は0である)。

「お財布に入れておきます」
「………ん。柳生の誕生日は、遠くに行く、日じゃから」
「遠くに行く、か。なるほど」

10(とお)くに、19(いく)。だ、なんて。素敵な語呂合わせだと思った。わざわざそんな記念日じみたものを調べて、こうして実行してくれるその気持ちが、柳生には何よりも嬉しい。仁王は、自分の興味のない人間にはとことん素っ気なく振る舞うかわり、身内にはこんなにも甘くて優しかった。じんわりと心の奥底が温まる感覚がして、柳生は幸福のあまり笑顔を零す。

「出来れば、チケットは2枚欲しかったですね」
「はあ?俺の分?」
「お察しの通り」
「じゃあ俺の誕生日にちょうだい」
「そんな無駄なお金の使い方は出来ません」
「無駄ですまんかったな」

冗談ですよ、ありがとう。大好きです。
言葉尻を覆い隠すように告げて、べえと舌を出す仁王を優しく抱き締める。柳生の両腕の中に閉じ込められた仁王は、居心地悪そうに二三度体を捩ったが、しばらくすると、柳生の肩に顎を乗せ、安定した位置を手に入れたようだった。それから柳生の腰に手を回して、仁王からも緩く抱き返す。二人の体温がぐっと近付いて、一つになった瞬間だった。

「ま、ゆうてもそれ偽物じゃし」
「………偽造ですか」
「作ってみたら案外うまく出来てのう、」

楽しそうにくっくっと笑う仁王の吐息に耳を擽られて、柳生もつられたように吹き出した。これだから、柳生は仁王のことが好きなのだ。どれだけたくさん一緒にいても、常に想定外のことをしでかして、柳生を驚かせてくれる。もちろんそれだけが好きなわけではないのだが、毎日新鮮さを感じることが出来るこの関係性は、とても好ましいものであった。
誕生日、もしくは記念日、そんなときに恋人との距離を縮めたり、はたまた遠くなったり。各々によってその結末は様々であるけれど、柳生にとっては違えようもなく前者である。柳生と仁王の距離は元々ゼロだったのだけれど、今回を期に、ますます熱が上がった、だと誰かに言ったならば、それはのろけだと敬遠されてしまうだろうか。それでも、それが事実なのだから仕方ないではないか。こんなにも、幸せな日々を。帰宅したら早速ポエムをしたためようと、仁王を抱き締めたまま柳生は笑った。

「おめでと、」

ありがとうの代わりに捧げた口付けは、二人をますます近付けた。これ以上ないほど近距離だというのに、ますます近付こうとするなんて、ある種滑稽としか言いようがないかもしれないが。それでも、その触れ合いは一つ一つ柳生と仁王の心に刻まれ、そして柳生が生み出すポエムとして確かな形を残していくのだ。永遠に色褪せないように。消えないように。
鮮明な記憶は、まるでドライフラワーのように保存されて、二人にいつでもその様を思い出させる。それを目にするたび、柳生と仁王はまた、距離を縮めようと互いを愛し合うのだ。









end

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