□歪曲
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見つからなければそれでいいと、遠い昔に餞を送って。ただ寛容な振りをした若いあの日々に、今はもう悲しくもなく、哀れむでもなく、西陽が射すこの部屋で、畳ばかりが日焼けしていく。
「ミルクはいりますか?」
「いりません」
いりませんと言ったのに、その右手は角砂糖を捉えて、互いのコーヒーカップに放り込む。じんわりと溶けゆく様が嘘みたいに歪に広がる。なぜだろうか。誰が知っているのだろうか。あからさまな愉悦は、専門外だ。
「好きだと、何度言えば分かるのですか」
「いちおくかい」
好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです。そのくらいあたりでうるさいと不平が出る。ああ、眠たい。そんな言葉、いらない。だからもう、ねえ、この唇をふさいでよ。真っ赤なルージュが似合うその、くちで。ネオンピンクのチークを忘れないで。着飾るのが、嫌いなわけじゃないはずなのに。
「言わせてくださいよ、一億回」
「やだよ」
分かってもくれない。それどころか聞いてもくれない。痛々しいとは思わなかった。ただ、哀れな鳴き声。
「可哀想な人だ」
嗄れた、寂れた。陳腐な幻はとうに消えた。まだ、僕たちは少年だ。


end

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