□正体は君だった
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「ぐ、ぅ、」
「何じゃムードないのぅ」

必死に仁王くんの腕に従って体を折り曲げるものの、人間には限界ってものがある。低い声でギブアップを訴える私に仁王くんはやはり笑顔のまま言葉を投げ掛けた。今更だが、今日の仁王くんはご機嫌のようだ。
視線だけで離してくれるよう頼んでみると、意外にもあっさり解放してくれる。本当に何かあったのだろうか。

「すみません」
「えーよ。なら、ね、柳生もここ、」

先程ムードがない、と叱られたので(何のムードか知らないが)一応謝罪しておく。仁王くんはそれに答えると、次いで仰向けだった体を私の方へ向くように横向けた。利き手とは逆の手で芝生を叩くその行為は、私にも寝そべれと暗に告げているのだろうか。またムードがないと言われてしまうといけないから大人しく従っておくが。

「はい?」
「もーちっとこっち」

少々行儀が悪いかとも思ったが、心の中で今日だけは特別だと勝手なルールを作って自分を正当化する。忘れられがちだが、自分だって立派な中学生だ。自分の都合の良いように生きる時だってある。
仁王くんに倣って体を横たえると、仁王くんは更に、己に近付けと掌を振った。今だって至極近い距離にあるだろうに、更に側に寄れと言うのだ。

「何です?また悪戯ですか?」
「いんや。だからお前さんに答え教えちゃるって」

僅かばかり仁王くんに近付けた私の顔は、あっと言う間に仁王くんの両手に捕らえられてしまう。慌てて身を引こうとするも、やはり詐欺師。仁王くんの方が数段上手だったようだ。

「な、」
「これが答えよ」

体を動かす前に唇に触れたのは、彼の、それ。
突然のことに私は思考を失ってしまう。口を開いたまま中途半端に固まった私に、彼は続けて口付けた。緩く緩く、ただ唇を擦り付けては軽く噛む。仁王くんは2、3度それを繰り返し、そして漸く私と距離を取った。その顔が笑顔だったことは言うまでもない。

「これが答え」


「俺は柳生が好きじゃけ、キスした」


「柳生も、一緒じゃろ?」










そう言ってはにかむような笑顔を浮かべた仁王くんを見て、私は彼に口付けてしまったという実を再認識し、そして漸くその意味を悟ったのだった。












「仁王くん、あの、」











「もう一度、口付けを」













end
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