□world
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「でも、やはり、貴方の顔を見るとそんなこと言えなくなりました」
「柳生、」
「お願いです仁王くん。私が日本からいなくなっても、2年間ずっと私のことを想っていて下さい」
「………、」
「貴方がいないと私は、何も出来ない」

懇願するように弱々しく言葉を吐き出した柳生は、先程口にしていた夢の話が嘘であったかのように小さく見える。俺はと言えば別れを告げられるとばかり思っていたから、先程とは逆の意味で脳が上手く着いていかず、結果柳生を見つめる形になった。柳生は机の上に組んだ両手へ額を預ける形でこうべを垂れる。

「仁王くん、」
「びっくりした。いきなし外国行くから別れようて言われるんかと」
「ち、違います!」

がたんと大きな音を立てて立ち上がった柳生に、一斉に周囲の目が集まる。同時に机へ付いた手はワイングラスを容易に床へ落とし、ナイフと皿に悲痛な音を奏でさせた。俺は無意識にあららー、と場違いな声を漏らす。
直ぐ様駆け付けたホールマンは手際良くワイングラスを拾い上げ、後片付けを済ませていく。その様子を見つめながら柳生は神妙な面持ちのまま再び席についた。勿論周囲の客に謝罪した後だ。

「柳生さん、そんな焦んなさんなよ」
「すみません、しかし」
「じゃけぇ平気よって。お前さんとは死んでも別れちゃらん」
「仁王くん…!」

今日だけで何度名前を呼ばれただろうか。しかもそれが喜怒哀楽全てを纏った言葉たちだったから、何だかくすぐったい気がした。
漸く安堵した様子の柳生は再びナイフとフォークを手に取る。意外とあっさりしていて、切り替えが早いのも彼の長所だ。

「ふふ、」
「どうしたんじゃ気色悪い」
「いえ、」

綺麗な指先で几帳面にチキンを切り分けながら、柳生はくすくすと笑う。俺はそのまるで宝物に触れるみたいに優しく動かされる手先を見つめて、あんな風に扱われるならナイフでもフォークでも、鶏にだってなって良いと思った。柳生が笑っているから時折ナイフと皿がぶつかってかちんと音が響くのだが、どうしてかこの柳生比呂士にかかるとそんな行儀の悪いこともそうみえないから本当にすごい。
















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