□I'm regard him as a close friend of mine.
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「いっ、!」

柳生が微笑みながら仁王を眺めていると、ばきっという音と共に鋭い悲鳴が上がった。仁王はシャープペンシルを投げ捨て、左手で右目を抑える。どうやら、シャープペンシルの芯が折れ、運悪く目に入ってしまったようだ。
仁王は焦った様子で瞬きを繰り返すが、折れた芯は一向に出て来ない。右目からはぼろぼろと大粒の涙が零れる。必死で芯を出そうと目を擦ろうとする仁王の左手を、柳生は急いで諫めた。そんなことをして眼球を傷付けたらいけない。失明することだってあるのだ。

「ダメ、仁王くん。こっちを向きなさい、取ってあげますから」
「い、たい。柳生、痛い、痛い、うわ、あ、いた」

宥めても落ち着く様子のない仁王から、柳生は強引に動きを奪う。柳生の両の手で頬を挟まれた仁王は、大人しく柳生の言うことを聞くしかなかった。柳生は左手で仁王の右目の下目蓋を下げ、仁王に上を向くよう指示した。赤く染まって涙に濡れた眼球が痛々しい。一生懸命上を見ようとし、それでもあまりの痛みに目蓋を引きつらせる仁王を見て、柳生はまるで自らが怪我をしているかのように眉間を苦痛で歪ませた。

「ありましたよ。そのまま、じっとして」
「はよう、目、乾く、っ」

身体を強張らせて固まった仁王の下目蓋の裏、そこに折れた芯は張り付いていた。随分長く折れている、これはさぞ痛かったろう。柳生は一言すみませんと断ってからそこへ触れる。極力粘膜にダメージを与えないように指を動かすが、芯が滑って仕方ない。そしてその都度仁王が小さい悲鳴を上げるものだから、柳生の指先はますます消極的になった。
幾度目か、漸く芯は柳生の人差し指へと移動した。柳生が丁寧に仁王の顔から手を引く前に、仁王はもうこれ以上は我慢出来ないと言わんばかりに瞬きを繰り返す。長い睫毛が揺れて、見ているとばしばしと音が聞こえるような気がする。少しの間そうしていた仁王だったが、それだけでは不快さを拭い切れなかったのか、仁王は再び目を擦ろうと左手を持ち上げる。柳生は再び慌てそれを止め、ポケットの中からハンカチーフを取り出した。

「はい、仁王くん。目を洗ってらっしゃい。くれぐれも擦ったりしないように」
「ん、ありがとさん。ちょいと行ってくるぜよ、う、痛い、」

柳生が差し出したハンカチーフを素直に受け取った仁王は、俯きながら目を擦りたいのを必死に堪えているようだった。薄い唇からは絶えず痛い、だの、うぅ、だの不満が漏れ出る。普段の猫背に加え俯いた所為で、仁王の頭は柳生のそれよりかなり低い位置にあった。それが何故か、柳生には酷く可愛らしく感じられた。この感情は、クラスの女子生徒に抱くものに似ている。危なっかしくて、放っておけない。自分とあまり変わらない体格の、剰え同性である仁王に対して柳生は間違いなくそういった感情を抱いたのだ。

「仁王くん、」
「何じゃあ」

水道へ行こうと教室のドアを潜り掛けていた仁王は、面倒臭そうに返事をして柳生を振り返った。仁王の右目は相変わらず赤く充血しており、その縁も薄らとピンクに染まっている。柳生が仁王に微笑み掛けると、一瞬瞠目した仁王は気まずそうに目を逸らし、それからもう一度柳生と目を合わせて、それでもやはり居心地が悪そうに視線を外す。

「仁王くんでも取り乱すことがあるんですね、知りませんでした」
「そんなもん、誰だって、」
「でも、そんなあなたは、とても可愛らしい」
「はっ…?!」

ぼっと頬を赤くして固まった仁王に、柳生も一拍遅れて頬を紅潮させる。言った後で、自らが発した言葉の意味を理解したのだ(柳生にとってはかなり珍しいことだ)。ドア付近と、教室の中央で、赤くなり照れている男は、お互いに恥ずかしくて堪らなかったのだろう。それっきり柳生も仁王も言葉を発さず、ただ沈黙だけが過ぎていった。野球部の声が、遥か遠くに聞こえる。
永遠とも思えるその時間を打ち破ったのは、仁王だった。

「目、目ェ、洗ってくる、け」
「えっ?あ、はい、」

言い終えた仁王はバタバタと廊下を走って水道へ向かった。どんなに早く走って顔に風を感じても、頬の火照りは全く治まらない。右目の不快感なんてもう忘れていた。今はただ、身体中を支配する感情で精一杯だ。仁王は、この感情の名を、まだ知らない。知ってはいけないような、気がした。
そして教室に取り残された柳生もまた、理解し得ない感情を持て余し、机に突っ伏して脱力していた。熱っぽい吐息をゆっくり吐き出し、利き手で髪の毛をくしゃくしゃに崩す。柳生は、この感情の名を、まだ知らない。しかし、知りたくて仕方がなかった。











不思議なことに、正反対に向かったベクトルは地球を一周して出会ってしまうのだ。次の考査休暇、2人が連れ立って街へ繰り出すことを、今はまだ、誰も知らない。


















end
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