□例えばの話
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バスが病院に着いた瞬間、握り締めていた千円札を運転手に半ば投げるように渡した。実際は五百円で足りる距離。慌てたように俺を呼ぶ運転手を背中に、俺は全速力で駆けた。






「っわ、すいませんっ!」

自動ドアを潜ってすぐ、お婆さんにぶつかりそうになる。振り返って謝るなんて余裕は一欠片も無くて、それ所か本当に泣きそうだ。
バタバタと走る迷惑な見舞い客に、それでも親切に病室を教えてくれた看護士さんに感謝して。

3階の1番奥

待ちきれなかったエレベーターを追い越して、階段を一気に駆け上がる。






ジャッカル!






辿り着いた1番奥の部屋。
息は乱れ、今にも溢れる雫を必死で堪え。
豪快な音を立てて開けたドアの先に居たのは。










「っはは、だよなー‥あれ、ブン太?」






ぶん殴ってやろう、と思った。
人がどれだけ心配してどれだけ急いで来たと思ってるんだ。
ドアの向こうの彼は、ほっぺに一つ絆創膏。それから右手に包帯がぐるぐる。
たった、それだけ(いや右手の怪我とか言語道断だけど)。
へらへらと笑いながら、相部屋の患者と話していた。

「‥‥死ねっ!」


安心やら怒りやら歓喜やら苛立ちが、ごちゃごちゃに混じり合って、病院で吐くには些か空気の読めない暴言が口を出る。
ああ、もうまただ。
涙がぽつりと伝った。

「死ねっボケ、も、死ぬ‥かと、思っ‥たっ」

切羽詰まっている状態だとは自分でも分かっていたけれど、思っていた以上に自分は焦っていたらしい。
格好悪い事この上無いが、足ががくがくと震えてしまう。そのまま、へなりと冷たい床に座り込んでしまった。












――――










突然の訪問者。いきなり現われた赤毛の少年。煩い程にドアを開け、「死ね」等と言いながらも泣く。
そんな不審者を、運悪くもジャッカルの相部屋の少年は呆けた様子で見た。
ちらり。
横目でジャッカルを見れば慌てた様子で赤毛の少年の元へ駆け寄った。
あぁ、何だ。
桑原の弟か。桑原よりも何かちっちゃいし。
兄想いの子なんだなあ。
そう思ったのも束の間、その予想は、悲しい程ばっさりと外れてしまう。


駆け寄った桑原が、弟君の頭を撫でるのだろう。
当然の如く考えていた次の行動も果てしない夢と成り果てたのだった。







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