□袋小路
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『柳生がそんな不健康なもんすすめるたぁ予想外じゃった』
「それで笑ってたんですか。不可抗力でしょう」
『わは、柳生って実は面倒臭がりやのう?』

柳生のテンションとはまるで反比例して仁王の声は明るくなっていく。こんな味気ない会話をしているのにもかかわらず、仁王は機嫌がよろしいらしい。相手を思いやらない発言をした柳生は、そんな仁王に僅かながら罪悪感を感じた。少なくともこちらに好意を持っている相手を、ぞんざいに扱ってしまったからだ。決して仁王が嫌いなわけではない。ただ、ただ、本当に眠たくって仕方ないだけなのだ。せめて21時頃に電話をかけてくれたなら、おしゃべりに付き合ってあげられたのに。言ってしまえば、仁王と話すことは柳生にとって好ましいことであった。

『眠い?柳生眠い?』
「えぇ、眠い」
『声がふにゃふにゃしてて可愛いぜよ』
「………あなたの方が可愛いですよ。そんなに楽しそうに話して、何か良いことでもあったので?」

ぱた、と。仁王の話す声が止んで、眠りの淵でぼんやりと話していた柳生の意識が僅か覚醒した。先程発したばかりの筈の言葉を必死に探すも、もう既に脳内から消え失せていた。何か自分はまずいことを言ってしまっただろうか。仁王の弾んだ声色が耳の奥でリフレインする。上擦ったように低くひらめくのが、魅力的な声。どこに行ってしまったのか。

「仁王くん?」
『……ばか、柳生のばか』
「えっ?」
『もう寝るっ』

ブツッ。あまりにも呆気なく断ち切られた回線は、空しい音を柳生に聞かせる。この事態は万々歳な筈なのに、柳生の心はどこか重く。完璧に覚醒した脳は焦燥に震えていた。考えるより先に動いた右手は、柳生の心情を如実に表していたのだが、柳生自身それに気が付けていないのだから不憫という他ない。親指でいくつかボタンを操作すると、すぐにコール音が響き始める。わざと間を開けてすぐにリアクションしない仁王を知っている柳生は、コールが5つを数えても、変わらずに受話器を耳に押し当てていた。

『………』
「仁王くん、お腹がすきました」
『レトルトかカップ麺』
「わたしの家にはないんですよ」
『そんなん知らんし』

そのあと2つコールしたあと、ようやく仁王は通話ボタンを押したようだった。柳生が心配していたわりに、仁王の方は何の変化もないような返答をする。まるで柳生がかけ直してくることを予測していたかのようだった。詐欺師と呼ばれる仁王のことである。推理思考を働かせた柳生の脳が産み出した結論も、あながち間違いではないのかもしれない。そこまで考えて、柳生はまんまと仁王の作戦に引っ掛かったのだと気が付いた。押してだめなら、引いてみろ。その戦法に、上手い具合に翻弄されてしまったらしい。










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