□MM
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目を覚ましてみると、そこは自分の家だった。さらに言えば、ベッドの上である。あれ、何してたんだっけ。なんか夢見てたの、俺ってば。

「お目覚めですか、仁王くん」
「……っお!おま、」
「はい、何でしょう」
「おま、おまおまおま!」

けだるい上半身を起こして部屋を見回そうとすると、その前にベッド脇に控えた男と目が合ってしまう。それは、先程夢で見た男とまるで同じ格好をしていた。茶髪で眼鏡で、オレンジと白を基調にしたシャツを着ている。さも当然というようにこちらへ向かって微笑み掛けて来たりして、本当に今度こそ何が何だか分からなかった。聞きたいことはたくさんあるのに、恐怖やら驚嘆やらで考えが纏まらないし、言葉にもならない。意味不明な音の羅列が唇から溢れるのみだ。

「お腹、すいてます?お粥作っておきました」
「え、え?あ、ありがと」
「どういたしまして。はい、どうぞ」

ずいと口元に差し出されたレンゲには、湯気を立てる美味しそうなたまご粥が一口分乗せられていた。状況は理解出来ないまま、俺は条件反射的にそれを口にする。見知らぬ男が作ったものを軽々と食べるなんて後から考えるとどうかしているとしか思えなかったが、(それ以前にどこの誰とも分からない輩が家にいる時点でだいぶおかしい)男の、あまりにも堂々とした振る舞いに、なんとなく流されてしまったのだった。

「美味しいですか?まだ食べられそう?」
「あ、はい」
「敬語なんて使わなくていいのに」
「そ、そうか?じゃあ…。お前さん、誰」

流石にこれ以上"あーん"されるわけにはいかないと、二口目をすすめてくる男から茶碗とレンゲを受け取って、自ら口に含む。弱った胃に、そのたまごの優しさが、じんわりと染み込んだ。
相手の様子を伺いながら男の背後に視線をやると、テーブルの上には林檎やら冷えピタやら何やらかんやらが置いてある。ひょっとすると、自分のために色々と買ってきてくれたのかもしれない。得体の知れないはずのこの男が、自分のために?謎は深まるばかりだし、不自然なことに違いはなかったが、とにかく、この男は悪い人ではないらしい(確定は出来ないけれど)。少なくともこうして、俺に優しくしてくれているのだから。そう考えると、がちがちに強張っていた表情筋が緩んで、少しだけ、ほんの少しだけ肩の力も抜けた。

「柳生比呂士です。あなたの風邪を治しに来ました」
「はあ?医者か?そんなん頼んどらん」
「まあ、医者と言えば医者なんですけど。ほら、これ、わたしの本体です」

にこりと微笑んで自己紹介を始めた男の手のひらには、先程俺が取り出したカプセルが乗っていた。
"本体"…?落ち着き始めていたはずの脳内は、ここで再び理解不能な事象に混乱を始める。ちょこん、と。行儀よく柳生の手の上に鎮座したそれが柳生の言う"本体"らしい。ではその、"本体"を持っているこの男の存在は一体何なんだ?と、言うかまず第一に、カプセルが"本体"って、つまり何。
まったくもって意味の分からない自己紹介に眉をしかめる俺を見て、柳生は楽しそうにふふっと笑った。そうして、慈愛に満ちた表情で言うのだった。

「あまり考えないで。わたしはただ、あなたに元気になってもらいだいだけです」

さっきまで冷えきっていた室内が、いつの間にか明るく温かくなる。そんな気がした。






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