□MM
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柳生と名乗ったその男は、その後も甲斐甲斐しく俺に世話を焼いた。溜まっていた洗濯物も洗ってくれたし、頼んでみたら、林檎をうさぎの形にしてくれたりもした(頼んだときに、「意外に可愛いことを仰るんですね」とか言われて恥ずかしかったのは内緒だ)。
柳生の身元については謎のままだったが、考えても無駄だと思ったから、もう考えるのはやめにした。理屈よりも何よりも、この動物的な勘が、柳生は安心出来る対象だと告げている。だとすれば、俺はそれを信じるまでだ。これで先程の粥に毒でも入れられていたりするのならとんでもない笑い話だが、別にそんな結末でも悪くないと思った。そもそも、俺には、失うものなんて何もない。持ってるものは、すべて安っぽくて、くだらなくて。もし万が一、世話好きで奇妙なこの男がそれを欲しているのなら、いくらでも差し出してやる。

「さて、仁王くん。他に何かして欲しいことは?」
「ん、もう、ないかのう」

勝手に郵便物を覗き見て知ったという俺の名を平然と呼ぶ柳生は、皿洗いを終えてベッド脇へと戻ってきた。そうして、俺が横たわるその隣に軽く腰掛けて、俺の頭を撫で始める。まさか成人してから男にこんなことをされるなんて毛頭思っていなかったから、俺は思わず頓狂な声を上げそうになったが、すんでのところで堪える。俯せの状態でちらりと仰ぎ見た柳生の柔らかい視線が、どうにも体温を上昇させたからだ。目元を細めて優しく笑みながら彼が纏う雰囲気は、それはそれは淡い色をしていた。

「そうですか、それはよかった。では、わたしの仕事は終わりですね」
「え?」
「これ、飲んでください」
「薬…?」

ベッドから下りて床に座った柳生が取り出したのは、先程の風邪薬だった。オレンジと白の、カプセル。それを水と一緒に俺へ差し出しながら、柳生は何故か少しだけ悲しい顔をする。無理に感情を押し込めて、それで笑おうとするから、そんな顔になるんだ。今まで何でもこなしてみせた男が初めて見せた、不器用なところだった。その理由も分からないまま、俺は焦燥する。
それでも渡されるままに薬を受け取った俺を見て、柳生はふと何かを思い出したようだった。「少し待っていてください」と言って、キッチンの方へ駆けていく。






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