短編

□不器用
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「げっ・・・最悪。」

つい声に出してしまったが、本当に最悪な状況なのだから仕方がない。

跡部景吾。総勢200名もの部員を持つ実力は全国区の男子テニス部の部長であり、氷帝学園の王様。

家が非常に裕福で大量に学校に寄付しており、その上人形のように整った顔立ちと来たものだから女子生徒からの人気は留まることを知らない。跡部さまファンクラブなんてものも存在しているらしい。

まあそんな人間に私みたいな一般人は一生関わることなどないだろうと思っていたのだが、そいつに運悪く関わってしまったのが一ヶ月前。

日にちと自分の番号が被ったというだけで教師に授業中使った大量の資料を別室に持っていけと言われた私は、逆らうことも出来ずに資料を腕一杯に抱えて廊下を歩いていた。

腕が悲鳴をあげていたというのも理由の一つだが資料が邪魔をし視界が悪かった事が原因で、段差につまずいてしまい資料をぶちまけてしまった。
恥ずかしいやら何やらでついていないな・・・と顔をあげると目の前には青筋が浮き出た整った顔とその頭の大きなコブ。
足元に転がる地図を見る限り、どうやら一番の大荷物であった世界地図が彼の頭に思いっきりクリーンヒットしたようである。
どうしようかとしばらく思考を巡らせていると

「おい、お前謝罪の言葉もないのか・・・」

と、怒鳴りたいのを我慢しているのだろうか、眉間に皺を有り得ないほど寄らせ睨んでくる彼が口を開いた。その偉そうな態度が気に入らなかった私も反論する。


「しゃ、謝罪の言葉なら私に荷物を持たせた教師にいって貰えませんかね」

今思うと何でここで反論したんだと往復ビンタしてやりたい。本当は逆らうのが怖かったはずなのに、本当何で下手に言い返したのだろうか。


「アン?その仕事を受け入れたからにはお前に責任があるんじゃねーのかよ」


「うっ・・・」


「おら謝罪」


「・・・はぁ。すいませんでした」


奴の言い分に言い返す言葉もなくしぶしぶ謝ると満足げに去っていく跡部景吾。
やっと去ってくれたと安心した私にも関わらず、その日を境に跡部は私に何かとつっかかるようになった。今日もそうだ。廊下で鉢合わせと言うあまりにも捻りのないパターンに思わず口から重い溜め息が溢れそうになる。


「おい、お前何処へ行くつもりだ」

「聞いてどうするつもりですかーストーカーですかー」

「アーン?自意識過剰も良いところだなぁ。ただ聞いただけだ、それとも何だ。言えないような場所にでも行くつもりか?」

「・・・図書室ですが何か」
どこまで挑発的なんだこの男は。最近は怖くも何ともなくて、ただこの人あほの子なんじゃないかと思えるようになってきた。


「ハッ、どうせお前じゃ図書室でも漫画くらいしか読んでねーんだろうな」

「あんたどれだけ失礼なんだ。ちゃんと活字ぐらい読めるわ。どーせ気取って洋書読んでそうなやつに言われたくないですー」

そう嫌味で返した所、洋書の何処が気取ってんだ?とさも不思議そうな顔で言われた。天然っていうか跡部景吾が倒せない。


「・・・本、好きなのか?」

「まぁそれなりに」


本は好きだ、それは嘘じゃない。跡部は私の持っている図書室へ返しに行くつもりだった本をまじまじと見る。そして今日はじゃあなと言い行ってしまった。その別れを告げた顔はいつもより口角が上がっていて、まるでいたずらを思い付いた子供のようだった。


そしてそれからだ、本の貸し出しカードの私の名前の下に彼の名前が必ず存在するようになったのは。




不器用
(やっぱりくだらない本ばっかだったな)
(じゃあ何で読むんだよ)

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