僕らの恋愛事情

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「好きです、桃ちゃん。付き合ってください!」


中学校からずっと片思いしてた先輩の桃ちゃん。いつだって明るくて笑ってて。テニスが上手でムードメーカーで。だけど以外に曲者、なんて呼ばれちゃってて。高校も桃ちゃんを追いかけてここに来た。そして、今日。私は彼に告白した。


桃「あ〜その、サンキュ。すげぇ嬉しいぜ」
「…桃ちゃん」
桃「けどよ、悪ぃ。俺、お前のこと、そうゆう風に見たことないっつーか…」


結果は見事に失敗。わかってたけど、仲の良い後輩で終わりたくなかったんだ。わかってたけど、やっぱり悲しくって。


「…うん!わかってる!桃ちゃん、恋愛とか向いてなさそうだもんね!」
桃「な、なんだと?!俺だって恋の一つや二つだなぁ!」
「え〜嘘だぁ」
桃「嘘じゃねぇっての!」
「あはは。うん、わかったから早く部活行きなよ」
桃「あ、やべ!俺行くわ」
「うん、練習頑張って」
桃「おう!…ありがとな」
「っ……」


桃ちゃんが教室を出て行く。最後のありがと、が私の想いに対してだということはすぐにわかった。桃ちゃんは優しいから。私を気遣ってくれたんだ。


「う…ふっ……」


我慢してた涙が溢れ出す。その場にしゃがみ込んで声を殺して泣いた。その時だった。扉が開く音がして、思わず振り返った。


「っ…」
越「…あ、あんた」
「え、越前くん…?忘れ物?」
越「ん、そう」


入ってきたのは同じクラスの越前くんだった。ばっちり泣き顔を見られてしまった。焦って顔を逸らして涙を拭う。彼は自分の机を探っている。告白の場所を自分の教室にしたのをひどく悔やむ。


「……」
越「…あのさ」
「え?な、なに?」
越「これ、あげる」
「え?わっ…」
越「じゃ」


越前くんは私の方にタオルを放り投げると、さっさと教室から出て行ってしまう。私は呆然とその後姿を眺めた。それが、彼と話した始めての会話だった。タオルは洗剤の良い匂いがして、泣けた。


『美衣、おはよう』
「あ、梨香。おはよ!」
『…大丈夫?』
「…うん、ありがと」


次の日。桃ちゃんに振られたことを話した彼女は私を心配してくれた。笑って見せたけど、正直結構辛かった。学校を休もうかとも思ったけど1人は嫌だった。


『あんなに仲良かったのにね、桃城先輩と』
「…桃ちゃん、いつもと変わらなかった?」
『うん、特には…』
「そっか。よかった」
『美衣……』


彼女はテニス部のマネージャーをしている。だから桃ちゃんとのことも、色々と協力してくれていた。心配そうに私を見つめる彼女に笑ってみせる。


「そんなの気にするなんて、私の好きな桃ちゃんじゃないもん」
『…うん。元気だけがとりえみたいな人だもんね』
「ちょっと〜失礼なんだから!」
『ふふ。ごめんって』


大丈夫、なんでもない。ただ長かった片思いが終わっただけ。ただそれだけだ。私は大丈夫。言い聞かせるように心の中で繰り返す。


『ところで、その紙袋なに?』
「あ、これ?これは昨日、越前くんがタオル貸してくれたから」
『へぇ、越前くんが?珍しいね』
「うん。私もビックリしちゃった。話したことも無かったのに」
『クールだもんね。でもテニスすごく強いんだよ』
「ふーん。すごいんだね」


あげる、と言われたけど。さすがにそんなに仲良くも無い人から貰うなんて気が引ける。だから綺麗に洗って持ってきた。でも、正直すごく助かった。


「でもいつ返せばいいんだろ?越前くん休憩時間は寝てるし、昼休みはどっか行っちゃうし…」
『うーん。私が返しておこうか?』
「ううん、お礼言いたいから」
『そうだよね。じゃあ昼休みかな』
「どこにいるか知ってるの?」
『うん。前にお兄ちゃんに教えてもらったから』


彼女のお兄ちゃんもテニス部。何度か家に遊びに行ったことがあるから私を見かけたら挨拶してくれる優しい人。先輩だけど、タカさんって呼ばせてもらってる。


(えっと…。中庭にあるちょっと木陰になってる木の下は…)


昼休み。彼女に教えてもらった通りの場所を探しに中庭に来た。昼下がりの中庭は、心地よい風が吹いていて気持ち良い。


「昼寝に最適ってことか…」


大きな木の下。木陰になっているところに越前くんはいた。すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。本当にいつでも寝てるんだ。練習きついのかな。


(どうしよ…。なんか起こすの可哀想かも)


なんて思いながらじっと寝顔を見つめる。綺麗な顔をしている。入学当時はちょっとした噂になったっけ。テニスも強いイケメン一年がいるって。


(それが越前くんって分かったのは梨香に聞いてからだったなぁ)


私は桃ちゃんに夢中だったから。そんな噂興味なかったのだ。まさか同じクラスだとは思わなかったけど。確かにかっこいいかも。だけど女の子に関しての噂は一切聞かない。振られた子の話は何回か耳にしたけど。


(…振られた子、か)


まさに今の私だ。越前くんは、昨日の告白も聞いていたのだろうか。思い出される昨日の光景。気まずそうな桃ちゃんの顔。それから、気をつかってくれた故のいつもの笑顔。


「っ……」
越「…また泣いてるわけ?」
「!え、越前くん…起きてたの?」
越「今起きた」
「そ、そっか…。ちょっと目にゴミが入っちゃって……」
越「ふーん」


バレバレな言い訳。だけど越前くんはなにも聞かなかった。昨日も、今も。優しい人だな、なんて思ってると急に目が合った。


越「なんか用?」
「あ、そうだった!これ、ありがと」
越「…なに?」
「昨日貸してくれたタオル。あ、ちゃんと洗ったよ?」
越「あげるって言わなかったっけ」
「言ったけど…、やっぱり悪いから」
越「あんた、真面目だね」
「そ、そう?」
越「ま、いいけど。わざわざどうも」
「うん。起こしちゃってごめんね」
越「別に。あんたの所為で起きたんじゃないから」
「うん、ありがと」
越「なにが?」
「ううん。なんとなく、ありがと」
越「…変なやつ」


越前くんの髪が風に揺れてる。噂にまでなる理由がよくわかる。なんてゆうか、人を惹きつけるような何かがあるんだ。


『おかえり。越前くんに会えた?』
「うん。また寝てたよ」
『ふふ。お兄ちゃんも言ってた。あいつはテニスするか寝るかのどっちかだって』
「あはは。ほんとにそんな感じ」


午後の授業もいつも通りに終わる。なにも変わってない。ただ、一つの恋が終わっただけ。だけど、思ったより元気だ。よかった。


先生「お、野々村。ちょっとこれ図書室まで運んでくれ」
「え〜」
先生「お前、今回の小テストも赤点だったな?」
「運びます!」


放課後。しぶしぶダンボールに入った大量の本を図書室へと運ぶ。そういえば、今日は一回も桃ちゃんに会ってない。前は教室まで会いに行ってたから会わないのは当たり前なんだけど。


(……大丈夫。いつかこの痛みもなくなるよね)


ちくりと痛んだ胸を誤魔化すようにぎゅっと目をつぶった。ちょうど扉の前だったから開けられないと思ったのか、親切な誰かが図書室の扉を開けてくれた。


「あ、ありがとうございま…」
桃「あ…」


ダンボールの横から顔を覗かせてお礼を言おうとして驚いた。今、まさに頭から無理矢理消した人の姿。桃ちゃんが気まずそうな顔で私を見ていた。


(っ……笑え、私)
桃「その…大丈夫か?」
「もちろん!このぐらい余裕だよ!」
桃「……美衣」
「扉、ありがとね!たまには紳士っぽいことするじゃん」
桃「ばーか。俺はいつでも紳士だっての」
「あはは。そんなばれる嘘ついちゃ駄目だよ」
桃「うるせぇ。じゃ、部活行くわ」
「うん。頑張って」
桃「おう。サンキュ」


桃ちゃんが軽く手を上げて歩いていく。私は図書室に入って机の上にダンボールを置く。よかった。笑えた。なんだ、大丈夫じゃん、私。


(大丈夫……)


そんなわけない。全然大丈夫じゃない。だってずっと好きだったのに。あんな気まずそうな顔、悲しくないわけがない。


越「大丈夫?」
「っ…越前くん?あ、そっか。図書委員だもんね」
越「そう」
「あ、これ先生に頼まれて持ってきたの」
越「ん。ありがと」
「いいえ。じゃあ私行くね、委員会頑張って」
越「…ねぇ」
「ん?」
越「泣けば?」
「え……」


越前くんはまっすぐに私を見つめている。綺麗な瞳、だけど力強い眼差し。全てを見透かされてるような気持ちになる。


「…やだな、どうして泣くの?」
越「悲しいからだろ。あんた、ずっと無理してるから」
「っ…そんな、こと」
越「泣きなよ。ここには誰もいないし、俺は何も見ないから」
「あは……やだな、越前くっ…なん、で……」
越「……」


ずっと堪えてた涙が一気に溢れ出す。悲しかった。辛かった。本当はずっと泣きたかった。だけど泣けなかった。心配かけたくなくて、いつも通りにしてほしくて。だけど、本当はずっと泣きたかったんだ。


「ぐす…」
越「落ち着いた?」
「うん……ごめんね」
越「俺が言ったんだから謝る必要ないっしょ」
「…優しいね、越前くんは」
越「別に普通だけど」
「ううん、優しいよ。助かった、ありがと」
越「ん」


ちょっとだけど、眼差しが優しくなった気がした。思いっきり泣いたおかげで、少しだけど私はすっきりした気持ちだった。なにか、お礼がしたかった。


「ねぇ、越前くんって好きな人いないの?」
越「は?なに急に」
「何となく。どうなのかなって」
越「…いる」
「え?いるの?」
越「いけない?」
「ううん。すごく素敵。越前くんに想われるなんて幸運な子だね」
越「…あんた、それ天然?」
「え?なにが?」
越「いや、なんでもない」
「私、応援してるね。越前くんにはいっぱい助けてもらったから」
越「別に何もしてないけど」
「してもらったの!頑張ってね」
越「ん。サンキュ」


夕日に照らされた越前くんはいつもよりもかっこよくて。そんな彼に想われる子はどんな子なんだろうって考えた。これが全ての始まりだとも知らずに。














私の好きな人
 

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