恋人は詐欺師

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「あ、丸井くん。おはよ〜」
丸「あ、おう。はよ」


なんだろ。今の微妙な顔。不思議に思いながらも席につく。今日も良い天気だなぁなんて考えながら窓の外を眺めている。


(……あ!!そうだ!昨日の丸井くんって仁王くんだったんだ!!)


そりゃ今まで殆ど話したこともない人から挨拶されちゃ驚くだろう。すっかり昨日、仲良くなった気になっていた。


(あ〜もう。ほんとややこしいんだから〜!)


なんだってあんなに変装するのか。騙すのが好きって言ってたけど。せめて私の周りはやめてほしい。混乱してしまう。


(今度言ってみようかなぁ……)


あの仁王くんが私の言うことを簡単に聞くとは思えないけど。だけど、意外と優しいって知っちゃったから。


(昨日もちゃんと家まで送ってくれたし。奢ってくれたし。悪い人では、ないんだろうけど)


だけどやっぱりどこか掴めない人だから。どれが本当の彼なのか。私にはまだわからないのだ。


『美衣、おはよ』
「あ、おはよ〜!」
『今日暑いわね』
「うん。もう夏だね〜」
『はぁ。私、夏って嫌いなのよね』
「あはは。里香は暑いの弱いもんね」
『夏が好きな人の気が知れないわ』


私は結構好きな季節なんだけど。なんてゆうか、わくわくしてくる。鳴り止まないセミの声とか。照りつける太陽とか。


幸「おはよう、2人とも」
「幸村、くんだよね?」
『そうよ』
「よかった!おはよう!」
幸「すっかり疑り深くなっちゃったみたいだね」
「そうなの〜ごめんね」
幸「僕は構わないよ」
「昨日も丸井くんに変装してたみたいでね。もう混乱しちゃうよ〜」
『え?昨日のあれ、仁王だったの?』
「あ、そうそう!だから昨日の話、丸井くんにしても通じないからね』
『まぁ話さないから関係ないけど』
「もー。クールなんだから」
幸「そっか。珍しいな…」
「え?なにが?」
幸「ううん。なんでもないよ」


穏やかな笑顔にそれ以上聞けなくなる。幸村くんと仁王くんって仲良いのかな。前に幸村は怒ると怖いって仁王くん、言ってたし。


切「おーい、姉ちゃん。ちょっといいか?」
『赤也。なに?』
「あ!赤也くん!久しぶり〜!」
切「どもっす!家の鍵忘れちまってよ。今日一緒に帰ろうぜ」
『わかった。じゃあ昇降口で待ってて』
切「サンキュ!あ、すんません。幸村さん。邪魔しちゃって」
幸「赤也はそんなこと気にしなくていいんだよ」
切「へへ。じゃあまた!」


赤也くんは里香の弟。私たちの2歳年下の後輩くんだ。さすが彼女の弟って感じで。なかなかかっこいいと入学時は噂になった。


幸「赤也、最近機嫌がいいみたいだ」
『彼女が出来たみたいよ』
「え、そうなの?!すごーい!」
幸「そっか。それはよかったね」
『他校生らしいけど。今度、ちゃんと紹介させないと』
「里香みたいなお姉ちゃんが居たらびっくりしちゃうよ〜」
幸「じゃあその時は僕もお邪魔しようかな」
『そうね。言っとくわ』
(……美形カップルめ)


すっかり2人の世界になったから再び窓の外に視線を移す。時々吹き込む風が生暖かい。夏はすぐそこだ。


柳生「おや、野々村さん。こんにちは」
「あ、柳生くん。こ、んにちは……」


昼休み。自動販売機でばったり柳生くんと出会った。前までなら純粋に喜んでたけど。今は真っ先に疑ってしまう。


(仁王くんじゃないよね……?)
柳生「どうかされましたか?」
「あ、ううん!なんでもないよ!!」


だけどやっぱりわからない。いくら見ても。いくら声を聞いても。本物かどうかなんて私にはわからない。


仁「柳生〜。買ってきたぜよ」
(わ、仁王くん!ってことはこの柳生くんは本物だ!)
柳生「仁王くん。ありがとうございます」
仁「ああ。ん?」
「ど、どうも」
仁「おお。美衣か」
「っ……」


え。なになに。なんで私ときめいちゃってるの。わけわかんないよ。ただ名前呼ばれただけなのに。


(待てよ!確か、柳生くんも仁王くんに変装できるんだったよね……もしかして、逆になってるの?!)


それなら。柳生くんを見て何も感じないのも。名前を呼ばれただけでときめいちゃうのも説明がつく。


仁「お前さん、何1人で百面相しとるんじゃ」
「し、してないよ!」
仁「無自覚か。恐ろしいのう」
「してないってば!」
柳生「おやおや。仲が良いですね」
「え?!」
仁「当たり前じゃよ。なぁ?」
(そ、そこで私に振るの?!)


ああ。柳生くんの視線が痛い。いや、仁王くんかもしれないけど。ああ、もう。頭がこんがらがる。


「お先に失礼します!!」
仁「…逃げよったな」
柳生「どうかしたんですかね?」
仁「気にしなさんな。俺たちも行くぜよ」
柳生「ええ」


どっちがどっちかわからないし。結局ジュース買ってないし。もう踏んだり蹴ったりだ。教室につく頃には疲れきっていた。


『……なんで自販機に行ってそんな疲れて帰ってくるわけ?』
「私が聞きたいよ……」


仁王くんの考えてることがわからない。てゆうか、本当に柳生くんに言ってないんだ。私が告白したことも。付き合ってることも。


「もうやだ〜。私の頭じゃ理解できない〜」
『……仁王のこと?』
「う〜」
『……ちょっとトイレ』
「はーい」


机に伏せたまま返事をする。利用して良いように使うか、私を好きでチャンスだと思ってるか。未だに良いように使われてないけど。


(あ、でも昨日呼び出されたっけ。でもあれは私がお腹空いたって言ってたからで…)


とゆうことは。仁王くんはもしかして本当に私のことが好きなのだろうか。そう考えて一気に体の熱が上がる。


(ないないない!絶対ないよ!私の自意識過剰〜!!)


ぶんぶんと頭を振って再び机に伏せる。考えても考えてもわからない。仁王くんの考えてることも。私のときめきの理由も。


『精市』
幸「やぁ。どうしたの。里香が来るなんて珍しいね」
『ちょっとお願いがあるの』
幸「うん。美衣ちゃんのことかな」
『さすがね』
幸「君のことなら何でもわかるよ」
『…恥ずかしいこと言わないで』
幸「ふふ。それで、僕は何をすればいいかい?」
『仁王と話して』
幸「そうだね。うん、わかったよ」
『ありがとう』
幸「どういたしまして。友達思いの君も好きだよ」
『…バカ。じゃあお願いね』
幸「任せておいて」
柳「相変わらず仲が良いな」
幸「柳。まぁね」
柳「まったく。幸せそうでなによりだ」


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。午後の授業はまったく頭に入ってこなかった。(いつも入ってくるわけではないのだけど)


「はぁ〜。なんか疲れたぁ」
『じゃあ甘い物でも食べに行く?』
「行く!わーい!どこに行こう!」
『…単純なんだから』
「あ、でも今日赤也くんと帰るんでしょ?」
『……忘れてた』
「もー。私は今度でいいから、赤也くんと帰りなよ!」
『ごめん。今度行くから』
「うん!ばいばーい」


きっと彼女なりに心配してくれているのだろう。私は大丈夫、と伝えるように笑顔で手を振った。


「ふぅ……。甘い物、食べたいな」
丸「野々村」
「え?あ、丸井くん」
丸「あのさ、よかったらクレープ食べに行かねぇ?」
「クレープ!行きたい!」
丸「おう!じゃあ行こうぜ」
「うん!」


もしかして、また仁王くんかな。きっとそうだ。じゃなきゃこんなフレンドリーなはずがない。昨日の丸井くんは仁王くんだったのだから。


(なんでいちいち変装するかな〜)


でもとりあえず甘い物が食べれるから黙って付いていくことにした。そっちがそうなら私も丸井くんとして接してやる。


柳生「では、仁王くん。また明日」
仁「おう。またな」


柳生と別れて教室に1人きりだ。昼休みのあいつの顔を思い出す。混乱と焦りが混ざった表情。あたふたとしてる姿。自然と口元が緩む。


仁「……まだ居るかのう」


電話をしようと携帯を取り出す。ふっと視界に入った校庭を歩いていく2つの人影。丸井と美衣だ。


仁「………」
幸「随分怖い顔してるね」
仁「…幸村」
幸「なにか嫌なことでもあったのかい?」
仁「別に?何もないぜよ」
幸「相変わらず素直じゃないね」
仁「……何のことじゃ」
幸「誰かのふりして隠してないで、本当の自分を見せたらどうだい?」
仁「……何を言っとるかわからんのう」
幸「らしくないな。そんな風に逃げるなんて」
仁「…わかっとるよ、それぐらい」
幸「何がそうさせてるか分からないけど、やりすぎは危険だよ」
仁「………」
幸「僕の知ってる仁王はそんな奴じゃなかったと思うけどな」


わかってる。そんなことわかってる。らしくないのも。これが逃げてるだけってことも。だけど、あいつは。


幸「じゃあまた明日」
仁「…幸村」
幸「なんだい?」
仁「…いや。なんでもない」
幸「そう」
仁「………」
幸「ああ、そうだ。言い忘れたけどあの子、かなり疑り深くなってるみたいだよ」
仁「…は?」
幸「それだけ。じゃあね」


幸村はいつもの穏やかな笑顔で去っていく。あの子、なんてあいつしかいない。疑り深くなってる。あいつが。


仁「……そうゆうことか」


自分で招いた結果だ。並んで歩いていく丸井とあいつが頭に浮かぶ。小さく舌打ちをして教室を出て行く。


丸「ここだよ、ここ!すっげぇうまいんだ!」
「あ、知ってる!雑誌にも載ったとこだよね?」
丸「そうそう!オススメだぜい」
「じゃあ私生クリームチョコバナナ!」
丸「そんじゃ、俺はカスタード苺チョコ!」
(あれ。食べるの?そんな思いっきり甘いの……)


甘い物は好きじゃないと仁王くんは言ってた。昨日もコーヒーはブラックだった。それは嘘じゃないはずだ。


(なに?変装してるのばれない為に好きじゃない物も食べるの?)
丸「うお!うまそ〜!!」
「…ねぇ、もういいよ」
丸「は?何が?」
「だから、どうしてやってるのか分からないけど。無理して食べることないよ」
丸「え?ちょっと待てよ。全然話が見えねぇんだけど」
「え?だって甘い物好きじゃないんでしょ?」
丸「は?なんでだよ。すっげぇ好きだぜ?」
「え?あれ?」
丸「どうしたんだよ急に。変な奴だな」


どうゆうことなんだ。里香が丸井くんは甘党って言ってたのを思い出す。ちょっと待って。じゃあ、今目の前にいるこの人は。


「丸井くん…?」
丸「ん?なんだよ」
「う、うそ?!本物?!」
丸「はぁ?当たり前だろ!さっきからなんなんだよ」
「え、え?ど、どうして?」
丸「だから何がだよ?!」


だって。てっきり仁王くんが変装してると思ってた。だからあんなにフレンドリーに誘ってきたんだって。


(全然わかんない!何がどうなってるの?!)
丸「なんかよくわかんねぇけど。とりあえず、食えよ」
「う、うん」
丸「ほら」


丸井くんが差し出すクレープを受け取ろうと手を伸ばす。だけど誰かにその手を掴まれて私の手はクレープに届かなかった。


仁「何やっとるんじゃ、お前さん」
「……仁王くん?」
丸「仁王?なんだよ、急に出てきやがって」
仁「悪いのう。コイツは俺のなんでな」
「っ!!」
丸「は?なんだそれ」
仁「帰るぜよ」
「え?あ、ちょ!」
丸「……なんだってんだよ」


私の腕を掴んだまま足早に歩く仁王くん。何が起きたのかよくわからない。だけど、鼓動が静まらない。


(俺のって……)


ドキドキが収まらない。仁王くんの綺麗な銀色の髪が風になびいてる。何がなんだかよくわからない。だけど1つだけ確かなこと。


(……嬉しいな)
























そろそろペテンは終了

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