山吹中学

□たからもの。
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俺のクラスメイトにすごく美人な女の子がいる。いつも1人で他の女の子とは違う雰囲気を持った子。だけど、最近の彼女は少しだけ変わった気がする。


「南くん。おはよう」
『おはよう。野々村さん』
「今日の小テストの予習やってきた?」
『まぁ一応ね』
「さすがね。よかったら出そうなとこ教えてくれない?」
『うん。あたるかはわからないけど』
「ありがとう」


なんてゆうか、前の彼女は誰に対しても壁があった。近寄りがたい感じだった。だけど、最近の彼女はなんだかやわらかくなった。彼女から話しかけてくれることも前までは考えられなかった。


「すごい。なんだか出来そうな気がしてきた」
『あはは。なんだか責任重大だなぁ』
「やだ。そんなつもりじゃないよ。今度お礼するね」
『そんなのいいよ。たいしたことしてないし』
「ううん。私がしたいの。じゃあありがとね」



美人な彼女は前のままでもかなりモテた。同級生はもちろん先輩や後輩からも。だけど今の彼女のモテようは凄まじい。


男「くっそ〜!南、うらやましいぜ!」
男「俺も予習してくりゃよかった〜!」
『はは。たまたまだって』


なんて。俺も実は少しだけうぬぼれてる。クラスで一番仲いいのは俺かなって。最近、彼女が女の子とも楽しそうに話しているのを見かける。前まではそんなこと一度もなかったのに。


千「南〜!辞書貸してくんない?」
『千石。またかよ。確か先週も貸しただろ』
千「うわ〜。覚えられちゃってる。だって辞書重いじゃん?」
『小学生か!ちゃんと持って来いよ、ほら』
千「さんきゅー!さっすが南!頼れる部長!」
『こうゆうときだけ部長扱いすんなっての!』


こんなお調子者だが大事なうちのエースだったりする。なんか、世の中って不公平だよな。


千「しっかし南のクラスって可愛い子多いよね〜。羨ましい」
『お前な。またそんなこと言って……いつか刺されるぞ』
千「はは。心配無用!こう見えても俺は一途だからさ」
『どこがだよ!』
千「どっからどう見てもそうじゃん?」
『はいはい』
千「…あの子、明るくなったよね」
『え?ああ、野々村さんか?そうだな。俺もそう思う』
千「俺がボール受け損ねたおかげかもね」
『ばっ、お前!心臓に悪い冗談はやめろ!』
千「ははは。めんごめんご」


だけど彼女が変わったのは確かにその頃からだ。もしかして、本当に?いやいや。そんなことはない。たぶん。



千「じゃあ俺は帰るから。また部活でね、南」
『おう。遅れんなよ』
千「わかってるって」


ヒラヒラと手を振って千石は帰っていく。その背中を眺めながらため息をつく。不意に視線を感じて目線を動かすと、野々村さんと目が合った。


「っ……」
『………!!』


目をそらした彼女の頬が少しだけ赤く見えたのは気のせいなのか。確かめるわけにもいかなくて俺の鼓動は加速する。もしかして、自惚れてもいいのかも。


千「え?女の子の気持ちを確かめる方法?」
『おう。お前ならなんか知ってるかと思って』
千「なになに?南、好きな子でも出来たの?!」
『ち、違うって!その…友達!友達が知りたいって言ってて!』
千「なーんだ南じゃないの。つまんないなぁ」
『…出来てもお前だけには絶対教えねぇよ』
千「あはは。冗談だって!」
『お前が言うと冗談に聞こえないっての』
千「で、気持ちを確かめる方法だっけ?」
『お、おう』


こんなやり方卑怯かもしれないけど。だけどあんな美人な子が地味な俺を好きになるなんて思えないし。だけど、もしかしたら。


千「そんなの簡単じゃん。告白すればいいんだよ」
『…は?!』
千「嫌いだったら振られるし、好きだったら付き合える。こんなわかりやすいことないよ」
『お、お前な!振られたらおしまいだろーが』
千「なんで?」
『な、なんでって……』
千「なんで振られたら終わるの?気持ちがなくなるわけじゃないのに。振られたって好きならまた頑張ればいいだけだろ」


驚いた。千石がそんな風に考えていたなんて。振られるのが怖くてどうにか彼女の気持ちを確かめようとしていた自分が恥ずかしくなった。


千「まぁ、あえて1つだけアドバイスするなら」
『な、なんだ?』
千「素直になること」
『…素直に?』
千「変な嘘とか駆け引きとか、そんなのしないで自分に素直になること、かな」
『……お前って意外とちゃんとしてるんだな』
千「やだな〜いまさら知ったの?お礼はジュースでいいよ」
『…前言撤回。やっぱりお前はただのお調子者だ』
千「なんだよ。けちだな〜」


素直に、か。一番簡単で基本的なことなのに忘れてた気がする。彼女の前だとどうしても自分をよく見せたり意地を張ったりしてしまいがちになる。




『野々村さん。おはよ!』
「おはよう。なんだか南くん、元気だね」
『え、そう?別に普通なんだけど』
「んーでもなんだか嬉しそう」
『はは。いい天気だからかな』
「ふふ。それは確かに嬉しいね」


初めて向けられた笑顔。その可愛さに思わず抱きしめたい衝動にかられた。だけどさすがにみんながいる教室の中でそんなことは出来なくて。


『あ、あのさ!』
「ん?」
『話が……あるんだけど。今日の放課後、暇かな?』
「大丈夫だけど、部活は?」
『今日は休みなんだ!』
「そう。じゃあ一緒に帰る?」
『う、うん!』
「うん。わかった。じゃあまた帰りにね」


うわ。なんだこれ。すごく嬉しい。本当は叫んでガッツポーズしたいくらい。だけどこんなとこでそんなことしたら言う前にバレてしまうから。


『……やばい。緊張してきた』


放課後に近づくにつれて緊張でお腹が痛くなる。なんて情けない。落ち着きたくて人の来なさそうな保健室に向かった。


千「うわ。血、出てるじゃん。またやられたの?」
「うん。でも、殴られはしなかったよ」


思わず足を止めた。保健室の中から聞こえてくる二つの声。顔を見なくたってわかる。よく知っている声だ。


千「殴られはしなかったって…。てゆうか、なんで素直に付いて行くかな。やられるってわかってるくせに」
「だってこうゆうことする子も、悪い子じゃないと思うの」
千「なに言ってるの?お人よしすぎるでしょ」
「ううん。その子達もきっといっぱい辛かったんだよ。人のせいにしなきゃ駄目なくらいに」
千「……だからって」
「それに、前まで私がみんなをバカにしてたのは本当だから。私も悪いの」
千「ほんと、強情だね。君は」
「え、そう?聞き分けいいってよく褒められてたんだけどな」
千「他はそうかもね。でも、自分の意見だけは、絶対曲げないんだよ」
「……そうかも」
千「まぁでも、良いとこだよ」
「うん。ありがとう」


嬉しそうに笑う彼女。優しいまなざしを向ける彼。どちらも俺の知らない顔。心がえぐられるように痛む。気付かれないようにその場から走り去る。


『……なんだ。そうゆうことか』


あの時も。俺を見てたんじゃなくて。千石を見てたんだ。なのに俺は勝手に勘違いして。なんてバカなんだ。なんて自惚れだ。やっぱりありえなかった。彼女がこんな自分を好きになるなんて。


『……時間がたつのって早いな』
男「なに親父みたいなこと言ってんだよ、南。帰らねぇの?」
『…帰りたくねぇ』
男「おいおい。どうしたんだよ。具合でも悪いのか?」
『いや、大丈夫。またな』
男「おう。無理すんなよ」


あっとゆう間に放課後になった。会いたくなかった。どうしてわざわざ振られるとわかってる相手に。違う人を好きだとわかってる相手に。告白しなきゃいけないのか。


「南くん。帰ろう?」
『あ、うん……』


思わず視線をそらした。彼女の顔が見れない。何も話さずに俺たちは歩く。こんなのちっとも嬉しくない。せっかく一緒に帰ってるのに。


「南くん、どうかしたの?元気ないみたいだけど」
『いや、別にどうも……』
「うそ。朝はあんなに元気だったのに。何かあった?」
『……なにも』
「私には話せない?」
『…そうゆうわけじゃないけど』


なんだよこれ。俺すっごいかっこ悪い。こんなんじゃ彼女も楽しくもない。せっかく心配してくれてるのに。


「あのね、悩みでも辛いことでも溜め込むのが一番よくないの」
『え?』
「誰かに聞いてもらうだけでもすごく救われる。私がそうだったから、よくわかるわ」
『……野々村さん』
「私には話せなくても、誰かに話してみて。南くんの話を聞いてくれる人はたくさんいるから」


なんとなく、わかった。彼女を救ったのは千石だと。そう言って俺に微笑む彼女はとてもきれいだったから。思わずつられて笑った。


『ありがとう。野々村さん、変わったな』
「え、そう?」
『うん。なんてゆうか、やわらかくなった』
「それって良い意味で?」
『もちろん』
「ふふ。ありがと」


ああ。その笑顔を見ることが出来るのも。千石のおかげなんだな。なんだかさっきまでのドロドロした気持ちが薄れていく気がした。


『好き、なんだな。千石のこと』
「……ええ?!な、なんで?!」
『はは。わかりやすいなー』
「ほ、ほんと?!私、わかりやすい?!」
『うん。でも気付いてるのは俺だけじゃないかな』
「そ、そっか。内緒にしてね?」
『もちろんだよ』


顔を真っ赤にしてあせってる彼女。可愛くて仕方がないけれど。そうさせているのは俺じゃないから。


『お調子者だけど、いい奴だよ。あいつは』
「うん。そうだよね」
『うまくいくといいな』
「…それは、無理」
『え?なんでだよ?』
「千石くん、私のこと嫌いなんだって」
『え?!そ、それ、千石から聞いたのか?』
「うん」


嘘だろ。だってあの千石の優しい眼差し。あんなの嫌いな奴に向けるようなもんじゃない。むしろ、好きな奴意外には出来ないだろう。


『…どうなってんだ』
「だから、南くんの応援は嬉しいけど無理なの」
『……まぁ、よくわからないけど諦めることないんじゃないかな』
「え?」
『たとえ実らなくても、好きだって気持ちは宝物になると思うから』
「……うん。そうだね」


まるで自分に言ったみたいだ。だけど本当にそう思う。だって今見てるその笑顔は俺だけのものだから。充分だ。


「そういえば、南くんの話って?」
『あー…そうだ!小テスト、どうだった?』
「南くんのおかげでバッチリ。ありがとね」
『そっか。じゃあお礼にどっか寄って行かない?』
「え、そんなのでいいの?」
『うん。付き合ってよ』
「もちろん。いいよ」


まるで告白。そこに君の気持ちはないけれど。それでいい。これでいい。ファミレスでご飯を食べて。彼女を家まで送ることにした。


「ごめんね。わざわざ」
『いいって。夜道は危ないし誘ったのは俺だから』
「でもお礼なのにご飯代もおごってもらっちゃったし……」
『いいんだよ。付き合ってくれただけで』
「ふふ。南くんって本当にいい人だね」
『え、そう?普通だけど』
「ううん。すごくいい人だなってずっと思ってた」
『……ずっと?』
「うん。だから最初に友達になりたいって思ったのも、実は南くんなんだ」
『……っそっか。そうだったのか』


なんだ。じゃあ俺の自惚れは全部違ったってわけでもなかったんだ。それだけでも、なんだかすごく嬉しかった。



『じゃあ野々村、でいい?』
「うん。もちろん」
『俺のことも呼び捨てでいいからさ』
「えっと、南?」
『うん。これからもよろしくな』
「うん。こちらこそ」


俺の差し出した手を握る彼女。切なさや悲しみは残るけど。きっとこの気持ちは俺の宝物になる。絶対に。

















たからもの。

to be……
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