山吹中学

□僕の幸せは君
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ずっと気になってた。いつも冷めた目をして俺たちをバカにしたように見る。なのに、どこか寂しげな女の子。


『お、南〜。おはよ!』
南「千石。今日は珍しく早いな」
『今日のラッキーヒントが早起きだったからね』
南「お前ってやつは…。相変わらずだな」
『南のラッキーヒントも見てあげようか?』
南「遠慮しとく」
「南。おはよ」
南「野々村。おはよう」
「千石くんも、おはよ」
『うん。おはよう』


そんな彼女も最近はだいぶ変わってきた。あの冷めた目もなくなったし寂しそうな感じもしなくなった。


「あ、そうだ南。この前貸してくれた本ありがと。面白かった」
南「だろ?この作家さんのほかのシリーズもお勧めだから今度持ってくるよ」
「ほんと?ありがと」
『……なーんか最近2人仲良しだよね』
南「そりゃ友達だからな。な?野々村」
「うん」
『ふーん』
南「なんだよ、千石。羨ましいのか?」
『まっさか!俺には俺のファンの可愛い子ちゃんがたくさんいるからね』
南「あーはいはい」
『おっと。もう授業始まる。じゃあね、南。野々村さん』


足早にその場を立ち去る。彼女が心を開くようになってから前以上にモテるようになった。友達も増えたみたいだ。いい事だし、俺がそうしたようなものだ。


『……羨ましいさ。南の奴、地味なくせに』


だけど複雑なのだ。ずっと気になってた。最初はあの冷めた目も態度もムカついたけど。いつからか、どうしてそんなに心を閉ざしてるのか気になって。笑顔を見てみたくなって。


『………あーもう。好きだぁ』


ずっと好きだったんだ。どこにいても何をしても目に付く様になって。気になって気になって。わざと怒らせるようなことを言ったりもした。好きだから。こっちを見てほしくて。心を開いてほしくて。


南「おーい。千石?生きてるか?」
『あれ、南?俺の教室に来るなんて珍しいじゃん』
南「それはお前が部活の時間になっても来ないからだろ」
『……え?マジ?!もう放課後?!』
南「ったく。どんだけ寝てるんだよ。さっさと行くぞ」
『あはは。やっちゃったな〜。今日早起きしたせいかな』
南「全然ラッキーじゃなかったな」
『…うん。ほんとだね』
南「…千石?」
『6時間目の英語の先生を見るの楽しみだったんだけどなぁ〜』
南「お前ってやつは……」
『え、だって可愛いじゃん。英語の先生。南もそう思うだろ?』
南「はいはい」


ほんと。全然ラッキーじゃない。彼女が心を開いていくのは嬉しい。友達が増えるのも嬉しい。だけど、一番近い存在は俺であってほしい。なんて。


『贅沢だよなぁ』
「部活終わりのアイスが?」
『うわぁ!!ビックリしたぁ〜」
「ごめんね。何回か声かけたんだけど気付いてくれないから」
『あ、マジ?めんご。ちょっと考え事しててさ』
「いいよ。今日はみんなと一緒じゃないの?」
『うん。1人でコンビニでアイス買ってる寂しい俺に可愛い子が声かけてくれないかと思ってね』
「相変わらず軽いんだから」
『はは。でもほんとに叶うとは思わなかったな』
「え?声かけられたの?」
『うん。すごい美少女にね』
「…そう」
『てことで、このまま帰るのもなんだし公園でも行かない?』
「……え?」
『俺に声かけてくれた美少女さん』
「わ、私?」
『他に誰がいるんだよ』
「だ、だって…」
『ほら、行くよ』


こんな台詞は簡単に言えるのに。肝心な言葉はなかなか口に出せない。一番伝えたいのに。


『ところで、こんな時間に1人でコンビニなんて危ないじゃないか』
「そう?私よく行くけど」
『駄目だよ!襲われてからじゃ遅いんだから』
「…うん。今度からは気をつける」
『うんうん。そうしてよ』


夜の公園には俺たち意外には誰もいなくて。ベンチに腰掛けてる俺たちの間には、人が1人座れるだけの距離。


『……最近、変わったってよく言われるんじゃない?』
「あ、うん。話しやすくなったとか、やわらかくなったとか。いろいろ言われる」
『はは。そりゃそうだ。前は氷の女王みたいな感じだったからね』
「こ、氷の女王って。恥ずかしい表現しないでよ」
『いいじゃん。きれいな君にぴったりだ』
「またそうやって……。ほんとに軽いんだから」


違う。本当に君をきれいだって思ってる。そんな君が大好きで。好きでたまらなくて。今すぐにでも抱きしめたい。なんて、言えないけど。



『前みたいにいやがらは?まだ続いてる?』
「ううん。もうほとんどないよ。呼び出されても、手は出されないし」
『そっか。よかった』
「…千石くんの、おかげだよ」
『俺は何もしてないよ。君が頑張ったからさ』
「ううん。私1人じゃ、何も出来なかった。千石くんが居たから…私、変われたの」
『……そっか』


嬉しくて思わず顔が緩む。それを見て彼女も微笑む。そんな可愛い顔、他の奴には見せてほしくない。俺だけのものにしたい。


『……帰ろっか。遅いし送るよ』
「…うん。ありがとう」


だけどせっかく彼女がいろんな人と関わって。友達も増えて。心を開いていってるのに。俺の独占欲なんかで縛ったらまた前みたいになるかもしれない。


『…それ以前に、俺のこと好きかもわからないけど』
「え?なんか言った?」
『ううん。何でもないよ』


悪くは思われてないと思う。だけど好かれてるかって言われたらわからない。いい人と好きになる人は違うから。



南「野々村。前に話してたやつ持ってきたぞ」
「私も。あの映画の原作」
南「うわ、ほんとだ!こりゃ今日は徹夜かな」
「ふふ。一気に読まなくてもいいのに」
南「わかってるんだけど、でも続きが気になって結局、ってなりそうなんだよな」
「それは確かにそうかも」
『…………』


南と彼女が一緒にいるのをよく見かけるようになった。同じクラスだし当たり前かもしれないけど。2人が楽しそうに話してるのを見るだけで俺の心は痛む。


『あ、やば。ガット切れちゃってる』
南「うわ、こりゃ張り替えないと駄目だな」
『あ〜今月金ないのになぁ。アンラッキー』
南「でも早めに行けよ。お前、それ気に入ってるやつだろ」
『そうだね。南、明日部活休みだよね?一緒に行こうよ』
南「あ、悪い。明日は先約があるんだ」
『そっか。じゃあ仕方ないね』


ガットの切れたラケットを眺めながらため息をつく。ついてない時ってどうしてとことんついてないんだろう。南の先約は聞かなくてもわかる気がした。



「南。帰ろう?」
南「ああ。すぐ行く」


やっぱり、ね。南の教室の前を通ったときに聞こえた会話。ドロドロとした感情が渦巻く。足早にその場を離れた。今、2人を見たら南を殴りそうだ。


『はは…。かっこ悪……』


ずっと南に嫉妬してる。気持ちを伝えられもしないくせに。彼氏でもないくせに。南はいい奴だし好きになったっておかしくない。なにも、おかしくないんだ。


南「おっす、千石。ガット張り替えたか?」
『うん。痛い出費だよ〜』
南「はは。まぁこればっかりはどうしようもないな」
『…うん。どうしようもないよね』
南「なんだ。元気ないな」
『そんなおとないよ。元気元気!』


南の顔がまっすぐ見れない。彼女と付き合ってるのだろうか。気になるけど聞けない。聞きたくない。


「あ、千石くん。おはよ」
『うん。おはよ』
「どうしたの?なんか元気ないみたい」
『…南と同じ事言うんだね』
「え?なにか言った?」
『なんでも!元気だよ、俺は』


駄目だ。こんな状態で彼女と話していたら傷つけてしまいそうで。さっさと立ち去ろうとした。だけど、それは彼女によって阻止される。


『…どうしたの?』
「嘘つかないで。なんだか辛そうだもの」
『はは。やだな。辛くなんかないよ』
「じゃあ笑ってよ」
『笑ってるじゃん。ほら』
「いつもの千石くんじゃない。そんな笑顔が見たいんじゃない」


なんだよそれ。まるでいつも見てるとでも言うように。嬉しくなってる俺も俺だけど。


『ごめん。ちょっと1人にしてくれるかな』
「いや」
『…いやって』
「私知ってるもの。そうゆう時、本当は誰かに傍にいてほしいってこと」
『っ………』
「傍にいてくれる人がいることが、どんなに嬉しいかってこと。千石くんが教えてくれたんじゃない」


そんなこと言われたら振り払えない。俺の腕を掴む彼女の手。小さなその手にそっと触れる。


「……千石くん?」
『ずっと見てたんだ。君のこと』
「…え?」
『最初は、嫌いだった。冷めた目も態度も……』
「…うん」


考えるよりも先に。ほとんど無意識に。それらの思いは言葉になってあふれ出る。


『でも、いつの間にか目で追ってて、姿を探すようになって……俺に心を開いてほしいって思って…』


彼女は何も言わずに俺の話を聞いた。まっすぐに俺を見つめたまま。俺の腕を掴む力が少しだけ強くなる。


『いつの間にか、好きになってたんだ。君のこと』
「……本当に?」
『俺、確かに軽いし女の子はみんな好きだけど……一途ってのも本当だから』
「……私のこと、好き、なの?」
『うん。好きだよ、美衣』
「っ…嬉しい!」


瞳にいっぱいの涙を溜めて。彼女は俺に抱きついてくる。すぐには理解できなかった。


『え?あの……』
「私、ずっと千石くんに嫌われたままだって思ってたから……」
『ええ?!た、確かに気を惹きたくて嫌いなんて言ったけど……まさか、ずっと気にしてたの?』
「うん。嫌われるのも当然だって思ったし…」
『うわ〜めんご!もう全然嫌ってないよ!むしろ大好きだから!』
「ふふ。うん。私も大好き」
『……え?』
「ん?」
『今、なんて……?』
「私も大好き?」
『ま、マジ?!』
「やだ。気づいてなかったの?てっきりバレてると思ってた」
『ば、ばれるもなにも…俺はてっきり南の事が好きなんだと思ったよ』
「南くん?確かに好きだけど、それは友達としてだよ」
『は…はは。なんだ……そっか…』


じゃあ全部、俺の勘違いだたってわけだ。そう思うと急に力が抜けてその場に座り込む。


「千石くん?大丈夫?」
『最悪。俺、超かっこ悪いじゃん』
「え?どうして?」
『…知らなくていいよ。でも、昨日南と2人で遊んでたじゃん』
「やだ。内緒って言ったのになんで知ってるの?」
『たまたま聞いたんだよ』
「そう。あれはね、これを買いに行くのに付き合ってもらったの」
『え?』


そう言って彼女が小さな袋を差し出す。丁寧に巻かれたリボン。どうやらプレゼントのようだ。


「千石くんに」
『俺に?』
「うん。いろいろ感謝してるから、形にしたくって」
『そんなのいいのに……』
「私がしたくてしたの。受け取って?」
『うん。ありがと』


袋の中にはリストバンドが入ってた。いかにも南らしいアドバイスだと思って口元が緩む。


「南くんにはアドバイスだけ貰って私が選んだんだけど……どう?」
『うん、すごくいいよ!かっこいいね』
「ほんと?よかった」


嬉しそうに笑う彼女。可愛すぎて仕方が無い。気がつくと彼女を抱きしめていた。ここが廊下ということも忘れて。


「せ、千石くん?」
『好きだ。すっごく好きだよ。ありがと』
「…うん。私もすごく好きだよ」
『はは。なんか照れ臭いな』
「ふふ。でも幸せ」
『うん。幸せだ』


目が合って笑いあう。ずっと見てきた。ずっと好きだった。君が。今、俺の腕の中に居る。俺を好きだと言う。


『超ラッキーだね』
「え?なにが?」
『なんでもない!』


きょとんとしてる彼女のおでこにちゅっと軽いキスをする。一気に赤くなる彼女の顔。なんて愛しいんだろう。


「て、手早すぎ!!」
『そんなことないよ。おでこだし』
「で、でもキスじゃない!」
『だってやっと手に入れたんだから。これぐらい許してよ』
「…もう。バカ」


俺たちはまた笑い合って、それから優しいキスをした。
















僕の幸せは君
(あ〜…お前等。お取り込み中悪いがここが廊下ってわかってるか?)
(……いや〜〜〜〜!!千石くんのバカ〜〜〜〜!!!)
(ええ?!さっそくケンカ?!超アンラッキ〜〜!)
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