青い時代の先

□X
1ページ/1ページ



宍「いいか?くれぐれも安静にしてろよ!」
「わかりましたってば。会社遅れますよ」
宍「おう。何かあったらすぐ連絡してこい。いいな?」
「はい。ありがとうございます」


病院から帰ってきた私達。薬をもらって少し楽になった私は玄関で先輩を見送る。だけど知ってる。私が診察されてるとき先輩が会社に遅刻の電話をかけていたこと。


(申し訳ないことしちゃったな……)


先輩が出て行った扉を眺めながら思う。彼女でもないのに会社を遅刻させてしまった。今度何かお礼をしないと。


(これで治さなかったら顔あわせられないや。寝ようっと)


布団にもぐりこんで考える。もし先輩と恋人になっていたとしたなら。何かが違っていたのだろうか。

HYOUTEIで働く人先輩と付き合っていたなら働いてもなかったかもしれない。専業主婦でも充分だろう。


(……なんでこんなこと考えてるんだろう)


初めてあんな風に先輩に触れたからだろうか。風邪で弱っているからだろうか。昔を思い出したからだろうか。

そんなことを思っていると眠たくなってくる。私は素直に瞼を閉じた。



『美衣、大丈夫?』
「……え?理沙?どうして…」
『会社に電話したらあんた熱出して休んでるって言うから心配で来ちゃった』
「また会社に電話したの?もう、しょうがないなぁ…」
『いいじゃない。結果的にお見舞いに来れたわけだし。電話に出た人も別に怒ってなかったわよ。むしろ様子見に行ってくれないかって頼まれたもの』
「え?そうなの?」
『うん。いい会社じゃない』
「…うん。そうだね」


時計を見るとも夕方だった。体調もだいぶ良くなっている。私は体を起こしておでこに貼ってあるタオルをどかす。


『起きて平気?』
「うん。だいぶ良いみたい」
『そっか。よかった。食欲はある?』
「うん。お腹空いちゃった」
『おっけい!すぐに何か作るわ』
「ごめんね」
『バカね。そこはありがと、でしょ?本当に甘え下手よね〜あんたって』
「うるさいなぁ」


理沙はスーパーの袋から材料を取り出してキッチンに立つ。他人の家だというのに手際よく料理を始める姿にさすが奥さんだと感心する。


『てゆうか、なんで連絡してこないのよ?言えばすぐに来たのに』
「だって人妻を朝早く呼び出しちゃ悪いかと思って」
『も〜!ほんとにバカなんだから!そんなこと気にしなくていいって言ってるでしょ?』
「ご、ごめんね」
『わかればよろしい!今度からちゃんと連絡してきなさいよ?』
「うん。ありがとう」
『病院は1人で行ったの?』
「あ、ううん。宍戸先輩が連れて行ってくれて……」
『宍戸先輩?って、あんたが大学時代に仲良かったあの?』
「そう。偶然、朝電話がかかってきて…」
『へぇ。優しいわね。彼女でもない女をわざわざ病院まで連れて行くなんて』
「ね。本当、今度お礼しないと」


ベットまで出来上がった雑炊を運んできてくれる。美味しそうな匂いに食欲がわいてくる。彼女の料理はとても美味しいのだ。


『ねぇ、宍戸先輩ってあんたのこと好きなんじゃない?』
「ええ?!な、なんで?!」
『だって普通そんなことしないわよ。しかも今日って平日だし会社遅れてまで行ったんじゃないの?』
「そ、そうだけど……」
『やっぱりね。好きでもなきゃそんなことしないって』
「わ、わかんないじゃん!先輩、昔から優しかったし……」
『あのね。誰にでも優しいわけじゃないの。あんただからよ、それは』
「そ、そんなこと………ないよ」
『も〜強情ね。別にいいじゃない。好かれて困るわけじゃあるまいし』
「……もう、期待はしないって決めたの」
『え?』
「先輩に期待してその度落ち込むのはもう嫌なの」
『…あんた、宍戸先輩のこと好きだったの?』
「どうかな。好きだったって言えばそうかも。だけど、それが愛かって言われたらよくわかんない」


暖かそうな湯気を見つめながら思う。その想いはきっとなんにでもなれた。でも先輩は何も言わなかった。そして、私も。


『ふーん。ま、でも無駄に期待するのは確かによくないかもね』
「でしょ?だから変なこと言わないで」
『はいはい。わかりました』
「ところで、会社に電話してきたってことはまた喧嘩でもしたの?」
『そうなの!聞いてよ!あいつってば2日も連続で飲みに行ったのよ!』
「そ、それだけ?」
『それだけって何よ!帰りを待つこっちの身にもなれってのよ!!』
(……待たなきゃいいのに)


そう思うけどそれは彼女が旦那さんを好きだからしていること。それがわかっているから何も言わずに雑炊をほおばる。

なんだかんだで2人ともお互いをすごく好きなのだ。だからこそ衝突も多いのだろう。


『あ、ごめん。風邪なのに大声だして』
「平気。もう熱もないみたいだし」
『そうだ!この前の合コンの子どうだった?なかなか可愛かったでしょ』
「切原くん?うん。いい子だったよ」
『でしょ!あんたのこと気になってるみたいだったからちょうどよか…っと、これは秘密だったんだ』
「……聞いちゃったじゃん」
『あはは。まぁ少々いいでしょ!』
「もう。相変わらずなんだから」


気になっていたって本当だろうか。でも、今まで話したこともなかったのに。傘を貸してくれたのが初めてまともに話した日だ。


(あ、そういえば傘のお礼しなきゃだ)


くれる代わりにまたご飯に行こうと言われていたのを思い出す。牛丼屋で働いてるしやっぱりお肉が好きなのだろう。


(だとしたら、焼肉とかのがいいかな〜)

『ちょっと〜。何考えてるのよ』
「え?や、切原くんどんなお店に行ったら喜ぶかなぁって」
『あら!その気になっちゃった?』
「ち、違うよ。傘貸してくれたお礼したいから!」
『ほんと律儀ね〜。そんなもの放っておけばいいのに』
「あのね……」
『ま、でもそうゆう口実がなきゃあんたは誘いもしなさそうだしいっかな』
「ちょっと?」
『あはは。なんなら私の服貸そうか?』
「結構です!」


だって理由もなく誘うだなんて。貴方を好きだって言ってるみたいで恥ずかしい。いい歳してバカみたいと思うかもしれないけれど。


『さてと、私はそろそろ帰るけど何かしておいて欲しいことはある?』
「ううん。大丈夫。ありがとね」
『そう。今度ランチでも奢ってよね』
「ふふ。わかった」
『それじゃあね。ちゃんと寝てなさいよ』
「うん。ありがとう」


彼女が帰ってからテーブルに置かれっぱなしのスーパーの袋に気付く。中には私の好物と冷えピタやスポーツ飲料などが入っている。

自分は本当に良い人達に巡り会えたと思う。宍戸先輩に元気になったとメールを送って私は再び布団にもぐりこんだ。



「おはようございます!昨日はすみませんでした」
杏「おはよう。気にしないで。もう大丈夫なの?」
「はい。おかげさまで元気になりました」
杏「そう。よかったわ」


翌日。いつもより少しだけ早めに会社に向かった。電車で手塚さんにもらった本も読めたしなんだかいい気分だ。


神「お、美衣ちゃん!大丈夫か?」
「はい。ご心配かけてすみません」
神「いーっていーって!体が1番だからな」
「ありがとうございます」
伊「ふーん。元気になったんだ」
「はい。おかげさまで」
伊「またうるさくなるなぁ…」
「ふふ。元気に頑張ります!」
橘「はは。素直じゃないな、信司は」
「社長!おはようございます!昨日はすみません」
橘「気にするな。神尾の言うとおり体が1番だからな」
「ありがとうございます」
橘「さ、今日も頼むぞ!」
「はい!」


いつも体調を崩すまで1人で頑張るのも悪い癖なのだ。我慢して我慢して。限界になるまで気付かない。だから私が体調を崩すのは珍しいことではなかった。

学生時代もよく保健室にお世話になっていた。なんてゆうか、心を休ませるのが下手なのだ。甘えるのが下手なように。


(でも、もう社会人なんだしそう何度も体調崩せないよね)


みんなはどんな風に心のよりどころを見つけるんだろう。恋人や家族や趣味。人それぞれだろうけど。私は未だに見つけられないんだ。


(あ、そうだ。切原くんにもメールしなきゃ)


宍戸先輩にもお礼をしたいしいつか食事にでも誘おう。外食は、嫌いじゃないけど得意じゃない。家でのんびり食べる方が好きだ。

でも社会人ともなるとそうもいかなくて。学生時代みたいに好き勝手できない。


神「おーい!美衣ちゃん!」
「神尾さん。今からお昼ですか?」
神「おう。一緒に食わねぇ?」
「はい。いいですよ」
神「よっしゃ。じゃあどうすっかな〜」
「神尾さんの好きなところでどうぞ」
神「じゃあ立海屋でもいいか?」
「あ、はい。あそこ美味しいですよね」
神「だよな!いや〜よかったぜ。女の子って牛丼とか好きじゃないって子多いからさ」
「私は全然いけますよ。1人でも行きますから」
神「お、マジ?やっぱそうゆうのがいいよな〜」


そんな事を話しながら一緒にお店へ入る。お昼時で混雑している店内では慌しく店員さんが働いている。


切「いらっしゃいませ!お二人ですか?」
神「そうっす」
切「空いてる席へどうぞ!」
(忙しそうだな。声かけるのはやめておこう)


神尾さんと並んでカウンターへ腰掛ける。最近誰かと食事をすることが多いな、なんて思っていると牛丼が運ばれてくる。


神「いただきます!」
「いただきます」
神「ところでさ、美衣ちゃんって彼氏いないんだよな?」
「はい。残念ながら」
神「じゃあさ、正直なところ社長ってどう?」
「……はい?」
神「いや、だからさ。橘社長だよ。俺的には完璧だと思うんだけど、やっぱ女の子からしたら完璧すぎるってのは嫌なのかな〜とかさ」
「ちょ、ちょっと待ってください。いまいち話が読めないんですけど……」
神「ああ、悪ぃ。何がわかんねぇ?」
「えっと……なんでいきなり橘社長の話に?」
神「え?だって、彼氏いないんだろ?」
「いませんけど……」
神「…だから、橘社長はどうかなって」
「ええ?!な、なんでそうなるんですか?!」


驚いて思わず水をこぼしてしまう。幸い、人にはかからなかったものの床を濡らしてしまった。おしぼりで拭こうと席を立とうとしたら切原くんが雑巾を持って来る。


切「お客さん。大丈夫っすよ。俺がやりますんで」
「あ…す、すみません」
切「いいえ。気にしないでください。今代わりの水を持ってきますんで」
「ありがとうございます」
切「ああ、そうだ。メールどうもっす。是非今夜にでも飯行きましょうね」
「え?あ、はい」


切原くんはにっこり笑って去って行く。急にどうしたんだろう。何も今そんなこと言わなくてもいいだろうに。


神「知り合いか?」
「あ、はい。そうなんです」
神「ははーん。ありゃヤキモチだな」
「え?」
神「あいつ、俺に嫉妬してんだよ。美衣ちゃんと一緒だから」
「そ、そんなことは……」
神「さっすがモテるな〜」
「か、からかわないでくださいよ」
神「もしかして美衣ちゃんもあいつが気になるとか?」
「そ、そうゆうわけじゃ……いいお友達です」
神「そっか!じゃあ問題ないな。話の続きだけどよ、もしかして気付いてないのか?」
「何にですか?」
神「橘社長、美衣ちゃんのこと本気だぜ?」
「……えっと?」
神「マジかよ…。こんな鈍い子なんていたんだな〜」
「あ、あの…本気って?」
神「俺が言っていいのか?まぁ、いいか。社長、美衣ちゃんのこと好きなんだぜ」
「………ええ!?ま、まさか!!」


予想外の言葉に恥ずかしくなる。顔が赤くなっていくのがわかる。思い切り手と首を振って否定する。


神「はは。本当に気付いてなかったんだな〜」
「だ、だって…え?そんなこと……」
神「社長は確かにみんなのこを気にしてくれるけど、美衣ちゃんは特になんだ」
「そ、そうですかね?」
神「ああ。間違いねぇ!昨日だって仕事抜けて様子見に行きたいって感じだったぜ」
「ほ、本当ですか?」
神「おう!こんな嘘つくかっての!」
(……社長が、私のことを?)


てっきり社員の1人として気にかけてくれているものだとばかり思っていた。じゃあ、食事を一緒にしてくれるのも、私を想って?


「っ〜〜!」
神「わ!だ、大丈夫か?顔真っ赤だぞ」
「ご、ごめんなさい。こうゆうの慣れてなくて……」
神「いや、いいけどよ…。やべ、俺まで惚れそうだぜ」
「え?何か言いました?」
神「い、いやいや!なんでもねぇ!」
「……で、でも本当にそうだって決まったわけじゃないですよね?」
神「え?ま、まぁ確実だと思うけど社長から聞いたわけじゃねぇからな」
「そ、そうですよね。はぁ……ちょっと安心」
神「なんだよ。社長に好かれちゃ困るのか?」
「困るっていうか…恥ずかしくて顔合わせられなくなりそうで……」
神「うわ……マジかよ。今時こんな純粋な子っているんだな〜」


神尾さんの声なんてもう頭に入ってこない。社長が私を好き。そんな夢にも思ってなかったことが仮にだとしても起こってるなんて。


(うう〜。社長に会うの気まずくなっちゃった……)


お昼から戻ってもその事が頭から離れない。本当かどうかもわからないのに。しばらく恋愛なんてご無沙汰だったせいだろうか。


(……理沙も宍戸先輩がどうとか言うし、切原くんが嫉妬してるとか言われるし……なにこれ。私ってば今さらモテ期?)


なんてバカなことを考えてないと冷静でいられない。小さくため息をついて気持ちを落ち着かせる。


(考えちゃ駄目。あと少ししたら帰れるし電車で本を読んで忘れよう)


そう思ってやっと気が紛れていたのに。もう少しして、私の心は再びかき乱される。そのことを私はまだ知らないけれど。




























思いがけない出来事と言葉たち

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ