女の子ですけど。

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昔から、病院は嫌いだった。あの独特な匂いも。静かにしないとけない雰囲気も。生と死がとても近いあの場所が。


「……何で私ここに居るの?」
『美衣!目覚めたんだ!よかったぁ〜!』
「星夏?なんで?」
『今日、会社に来ないし連絡もつかないから心配で家に様子見に行ったら倒れてるんだもん!ビックリしたじゃんかぁ〜!』
「…あー、そうそう。電話しようとベットから出たらなんか急にくらっとして」
『栄養失調だって。ちゃんとご飯食べてなかったの?』
「…昨日の夜、冷やし中華を食べました」
『それだけ?朝は?昼は?』
「食べてない、かも」
『も〜!しっかりしてよぉ!』
「ご、ごめん」


まさか自分も倒れるなんて思ってなかった。小さく溜め息をついて周りを見渡す。腕には点滴が刺さってる。


『でも、良かったよ〜。大事にならなくて。下手したら死んじゃってたかもしれないもんねぇ』
「あーうん。そうだね」
『でもこれで少しは煙草も懲りたでしょ?これを機会に禁煙してみたら?』
「…へ?なにが?」
『え?だから、煙草だよぉ。火が完全に消えてなくて小火になっちゃたじゃん』
「ええ?!そうなの?!」
『やだぁ。もしかして覚えてないの?美衣が倒れた拍子に灰皿落としちゃって、ベット燃えちゃったの』
「う、うそ……」
『ほんとだって〜。私が行かなかったら今頃丸こげだよぉ?』
「あ、ありがとうございましたぁ!」
『いいよ〜。今度ランチ奢ってね』
「喜んで!」


彼女の話によると。私の家に着いた時点で焦げ臭いと思い下に住む大家さんと一緒に合鍵で入ってみたら。燃えるベットの横で私が倒れていたらしい。


「そういえば…今日は暑いな〜って思ったのよ。クーラーつけてたのに」
『も〜。本当危ないんだからぁ。気をつけなよ?』
「はい。ごめんなさい」
『じゃあ私は一旦、会社に戻って報告してくるね?』
「うん。本当にありがとう」
『いーえ。じゃあ後でね〜』


大きな溜め息をついて時計を見る。お昼前。まさか小火まで起こしてしまっていたなんて。駄目だな、私。


(煙草、ちゃんと消せてなかったのかぁ……。あー、私のバカ)


ベット燃やしちゃうなんて。それで怪我もなく生きてるなんてラッキーだ。神様、ありがとう。


(あ、電話?ここ携帯使っていいのかな…)


とりあえず携帯を手に取る。電話の相手は大家さんだ。嫌な予感しかしない。だけど出ないわけにはいかない。


「も、もしもし」
大家「あ、もしもし?ご機嫌いかが?」
「あ、おかげ様で。私は全然元気です」
大家「それならよかったわ。あの子に感謝ね〜」
「ええ、ほんとに」
大家「ところで、部屋なんだけど」
「す、すみません!今一覚えてないんですけど…」
大家「ああ、いいのよ。燃えたのは貴方のベットとその周辺だけだから。ただ、ちょっと住むのは難しいのよね〜」
「え?」
大家「そうゆうわけだから、悪いけど今週中には出て行ってくださる?」
「ええ?!ちょ、ちょっと待ってください!」
大家「それじゃあ、そうゆうことで」
「お、大家さ〜ん!!」


一方的にきられた電話。がっくりと肩を落とす。だけど、確かに今回は私の自己責任だ。止むを得ない。


(最悪……。気に入ってたんだけどな…)


結構静かで。コンビニも近くて。あのコンビニに行かないと、越前くんに会えないのに。


大「野々村さん。大石です」
「あ、はい!どうぞ」
大「やぁ。事情は聞いたよ。大丈夫かい?」
「はい。すみません。ご迷惑をおかけして…」
大「気にしないで。それより、家は平気なのか?」
「そ、それが…結構危ない感じでして……。今週中には出て行かないといけないんです」
大「そ、それは気の毒に」
「まぁ自業自得なので…」
大「なんとか力になってあげたいが…」
「いえいえ!お気になさらず!お気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございます」
大「会社の方は、しばらく休むといい。今は忙しい時期でもないし」
「え、そんな…」
大「いいんだ。それくらいしか出来ないけれど…。落ち着いたら連絡してくれ」
「あ、ありがとうございます!」
大「うん。それじゃあ、お大事に」
「はい。ありがとうございました」


なんていい人なんだろう。地獄の中の仏ってまさにこうゆう事を言うんだろう。なんて浸ってる場合ではない。


(早いとこ新しい家見つけなきゃな〜。そんなに長く休むわけにもいかないし……)


インターネットで今の家の近くを探してみるけど。なかなかいい物件は見つからない。そんな上手くはいかないよね。


(でも、あのコンビニに通える範囲じゃないと…)


越前くんに会えなくなるのは嫌だ。それともこれは彼から離れろっていう神様からのお告げ?


(…病院食って相変わらず不味い。越前くんのご飯食べたいなぁ)


ぼんやりと。そんなことを考えながら過ごした。冷房のよくきいた部屋だけど。病院ってだけで気分は最悪だ。


(早く帰りたい。煙草吸いたい)


まったく懲りてない自分にふっと笑う。そう簡単にやめられるものではない。もう染み付いてしまっているから。


(そろそろ、仕事終わりか〜)


暑さを感じないのは嬉しいけど。なんだか世界から切り離されたみたいな錯角。気持ちが悪い。


(……越前くん、会いたいな)

『美衣、起きてる〜?』
「うん。起きてるよ」
『具合どう?大丈夫?』
「平気。ありがとう」
桃「どもっす」
「桃城さん?どうも」
『今日会う約束してたから連れて来てもらったの〜』
「それなら来なくてもよかったのに…。ごめんね」
『も〜!こうゆう時は甘えていいの!』
「…うん。ありがとう」
桃「いろいろと大変だったみたいっすね」
「あはは。いや〜もうほんと自業自得で」
桃「家、大丈夫なんすか?」
「あ〜…それが……」


隠すことでもないから。2人に大家さんの電話のことと。会社をしばらく休むことを話した。


『え〜!じゃあ住むとこ探さなきゃだぁ!』
桃「だな。でも、仕事の方を休めるならあんとかなりそうですね」
「はい。本当にありがたいです」
『さっきお医者さんに聞いたら点滴なくなったら帰っていいって言ってたから、一緒に不動屋さん行く?』
「ありがとう。でも、1人で大丈夫。デートの邪魔しちゃ悪いし」
桃「駄目っすよ!こうゆう時は無理しちゃ。俺が車出しますから」
「え、でも……」
『そうそう。気にしないの。一緒に行こ〜』
「…ありがとう」


弱ってるときほど人の暖かさが嬉しいときはない。だけど今日はとりあえず家に帰ることにした。


桃「本当にいいんですか?家に送るだけで」
「はい。充分です。ありがとうございました」
桃「いえ。元気になったらまた店にでも来てください」
「はい。是非」
『じゃあ、また連絡するね。ちゃんとご飯食べるんだよ?』
「うん。わかってる。ありがとね」


家の前で2人と別れて部屋へと向かう。中に入るとまだ微かに焦げ臭い。ベットは丸こげだった。


(うわ〜…。私、よく生きてたな……)


改めて思う。床に落ちてる灰皿を拾う。やっぱりここに住み続けるのは無理そうだ。


(……ご飯食べなきゃ。コンビニ、行こう)


作る気なんておきなくて。パジャマ同然の姿でコンビニへ向かう。もうすぐここともお別れしないといけないのかな。


(やだな〜。店員さんもすっかり馴染みなのに…)


かごにおにぎりとお茶とサラダを放り込む。食べないといけないのは分かってる。でもどれも美味しそうに見えない。

レジへ持って行けばいつもの店員さんが挨拶してくれる。それに力なく応える。


「煙草も。いつものやつで」


元気のいいありがとうございましたを背中で聞きながらコンビニを出る。買ったばかりの煙草に火をつける。


越「バカじゃないの」
「…え?」


驚いて声のする方を見る。そこには息を切らした越前くんが立っていた。明らかに部屋着だ。


越「栄養失調で倒れた奴がなに堂々と煙草吸ってるわけ?」
「なんで知ってるの?」
越「桃先輩に聞いた。かして」
「あ……」


私から煙草を奪ってもみ消す。一瞬だけ触れた手が不覚にも嬉しくて。そんな私を知らずに越前くんは手に持ってるコンビニの袋を取り上げる。


越「こんな食事で栄養とれるわけないでしょ。行くよ」
「え?ど、どこに?」
越「俺の家」
「だ、大丈夫だよ。ちょっとタイミング悪かっただけで…」
越「いいから。黙って」
「…うん」


強めの口調で言われて素直に黙る。もしかして怒ってるのかな。掴まれた腕が熱い。このまま家に着かなければいいと思ってしまう。


越「そこに座って。煙草吸ったら怒るから」
「はい…」


家に着くと越前くんはそう言って台所へ向かう。大人しく言われたとおりにソファに座る。さっきまでの暗い気分がなくなった。


(好きな人がいるって凄いなぁ……)


私が煙草を吸う大きな理由は寂しさを紛らさせるためだ。だから、今はちっとも吸いたくなんてない。

まぁ、もう癖づいてる部分もあるけれど。


越「ん。ちゃんと全部食べなよね」
「わぁ!美味しそう〜!」
越「食欲はあるんだ?」
「うーん、コンビニで見たときは何も美味しそうとは思えなかった」
越「当たり前じゃん。コンビニと比べないでくれる」
「あはは。そうだね。いただきます」


越前くんの作る料理は不思議なくらいに私の中へ入っていく。美味しいのは当然だけど。きっと私の気持ちの問題もあるんだろう。


「美味しい…」
越「………」
「あ、あれ…?あは…ごめん。なんで泣いてんだろ……」
越「…好きなだけ泣きなよ。誰も見てないから」
「っ……うん…ありがとぉ…」


顔を背けてくれた彼の不器用な優しさが嬉しくて。また涙が出た。本当は私。すごくショックだったんだ。辛かったんだ。


「ふふ。ご飯ってこんなに美味しかったっけな…」
越「人生の中で食事は1番幸せな時間だからね」
「そうだね。そうかも」
越「だからちゃんと食べなよ。いつでも作ってあげるからさ」
「…うん。ありがとう」


綺麗に全部食べ終わってお腹がいっぱいになったら。なんだか少しだけ元気になって気がした。


越「新しい家探さないといけないんだって?」
「あ、それも聞いたんだ。実は煙草が完全に消えてなかったみたいで…ちょっと小火起こしちゃったんだ」
越「ふーん。あんたって本当、危なっかしいよね」
「う…。言い返せない」
越「…引っ越すの?」
「そうだね。残念だけど今の所にはもう住めないし」
越「そう…」
「……あの、越前くん」
越「なに?」
「煙草、吸っちゃ駄目?」
越「…バカなの?」
「ですよね〜」
越「口が寂しい?」
「うん。食事の後はなーんかそうなんだよね」
越「じゃあこれで我慢しなよ」


そう言って棒付きのキャンディを差し出す越前くん。そんなものがあるなんて何だか可愛くて笑ってしまう。


「ありがと。貰うね」
越「ん」
「それにしても、よく私がコンビニにいるってわかったね」
越「だってあんたが自分で料理するとは思えないし」
「し、失礼な」
越「…それに、あんたの家知らないし」
「あ、そうだっけ。…桃城さんに聞いて、心配してくれたの?」
越「悪い?」
「ううん。嬉しい。ありがとね」
越「…あんたさ、1人で居るの向いてないんじゃない?」
「え、そう?」
越「寂しがりやでしょ」
「……そう見える?」
越「見える」


そうなんだ。1人で居るのが1番楽だった。だけど同時に1番寂しかった。だけど自分を変えることも出来なくて。


「なんか越前くんって不思議。今まで居なかったタイプ」
越「俺も。あんたみたいな人今まで居なかった」
「あはは。だろうね」
越「新しい家ってもう決めてるわけ?」
「ううん。まだよ。今週中って言われたから早く決めないとな〜」
越「ここに住めば?」
「…え?」


思わず聞き返す。なんだか今さらっと凄いこと言われた気がするんだけど。越前くんは顔色1つ変えてない。


越「ここに住めばって言ったんだけど」
「え、えっと……それは…越前くんと一緒に住むってこと?」
越「嫌なの?」
「い、嫌じゃないけど……越前くんこそ、嫌でしょ。思い切りお荷物じゃん」
越「別に」
「べ、別にって……」


どうしよう。凄い嬉しいけど。夢みたいな展開だけど。頭がついていかない。越前くんの考えてることがわからない。


越「で?どうするの」
「え?あ、う…ええ…お、お願いします…」
越「ん。了解」


何だこれ。神様、これは何ですか。試練?ご褒美?ドッキリ?わからない。とりあえず、思考停止です。

口の中のキャンディが溶けて喉が渇く。とても静かな夕方だった。
























悪魔と天使

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